1.式典の日本代表?


昭和19年(1944年)10月25日、スリガオ海峡で日米両海軍の海戦が行われた。
日本では「レイテ沖海戦」の中の一つとして位置付けられているので、この「スリガオ海峡海戦」というのは、あまり有名ではない。
このスリガオ海峡海戦は、レイテ島へ突入する連合艦隊の栗田艦隊に呼応して別動の西村艦隊がスリガオ海峡を通ってレイテに向かう途中、米艦隊の待ち伏せに遭い壊滅したという海戦である。
ミンダナオ島のスリガオという町では、どうもこの海戦の記念式典を毎年開催しているらしい。
以前にこの式典に参加したことのある古沢さんからご連絡をいただいた。
この式典には、この海戦に関わった米国・日本・オーストラリア・フィリピンの4カ国の関係者が参加するそうだが、彼女が参加した後は日本人は誰も参加していないらしい。
日本側代表不参加のまま、毎年開催しているので、今年こそは誰か日本人に参加してもらいたいと現地から古沢さんに連絡があったらしい。
で・・・暇な(笑)・・・私に白羽の矢が立った・・・・(笑)

日本の「日の丸」が掲揚されるというのに、そこに日本人が誰もいないというのは日本の恥ではあるまいか?
それが毎年となると・・・・これは問題だと思うのである。
とにかく、その場に日本人が誰か立っていれば格好が付くというのであれば、私が参加しようということでお誘いを受けることにした。
現地主催者側では、政府間というより、この式典を通じて民間人同士の交流が出来たら・・・という考えらしい。
ならば・・・「日本代表」が私でもいいか?(笑)

問題は・・・(笑)
私は英語が大の苦手ということ・・・・・(大笑)
いつもガイドをお願いしているステラさんに同行してもらおうかと思ったが、ミンダナオ島は確かビサヤ語だったと思う。
この間、ダバオに一緒に行った時、彼女はビサヤ語は全く分からないと言っていた。
というわけで・・・彼女に同行してもらっても仕方がないので・・・・
一人で現地に乗り込むことにした。(笑)

現地での私の最大の役割は、式典の中で行われる「平和の祈り」の部分・・・・
各国代表がこの「平和の祈り」をするそうだが、日本代表は日本語でやって欲しいとのこと。
日本語ならば・・・・得意である。(大笑)
原稿は古沢さんが用意して下さった。
また、一人で乗り込む無謀な私に対し、古沢さんがダバオ在住の日本人に連絡を取って下さった。
三宅さんという方で、現地のロータリークラブや商工会議所の役員をされている方だそうだ。
この方が、私の応援に現地に駈けつけてくれるという手配まで古沢さんがして下さった。
至れり尽くせりの対応に感謝、感謝である。

これで何とかなるかな?
いや、何とかせねばなるまい。
英語が話せないのが不安で仕方ないが・・・あとは野となれ山となれ・・・である。(笑)

平成21年(2009年)10月23日 (第1日目)


昨晩は成田空港近くのいつものホテルに泊まる。
で・・・今日は気分爽快で目が覚めた。(笑)

毎度のことなのだが、出発前夜にはロクでもない夢を必ず見るのである。
パターンは2つ・・・・
一つは寝坊して飛行機に乗り遅れた・・・という夢。
もう一つは、お金を忘れてきてしまい、財布の中に1万円くらいしか入っていないという夢・・・
毎回、このどちらかの夢を見るのだが・・・・
今回は、なぜかこれらの「悪夢」を見ずに済んだ。(笑)
だから、気分爽快なのである。

今回の荷物はショルダーバック1つ。
これを機内に持ち込んで・・・となれば、行動もスムーズ・・・・と思ったら甘かった。(笑)
空港でチェックイン時に重量を測ったら、なんと、9kgもある。
機内に持ち込めるのは7kgまで・・・・
出発時点で、すでに2kgのオーバー!
空港の女子職員に「あんた、馬鹿じゃないの?」というような白い目で見られた・・・・
結局、機内に持ち込めないのなら、最初からスーツケースにしておけばよかったと後悔。
ショルダーバックは預け荷物となる。

マニラ空港には、いつもの現地旅行社の送迎係のサンデー君が迎えに出てくれているはずなのだが・・・見当たらない・・・
空港を出てウロウロしていたらようやく声がかかる。
いつもは、手ぶらなのに、私の名前を書いたプラカードを持っていた。
「これ、自分で書いたんだ」と日本語で書かれた私の名前を指す。
「お〜、ちゃんと書いてある。上手なもんだねぇ〜」と褒めてあげるが・・・
でも、もう何度も会って顔を知っているはずなのに、なんで今回はカードなんかをわざわざ作って立っていたの?(笑)

まもなく、空港の駐車場から車に乗って現地旅行社のステラさんがお迎えに来てくれた。
が・・・・彼女は・・・なぜかキョトンとしている。
「いつもと格好が違うので気がつかなかった」と笑う。
いつもは、Gパンにポロシャツ、リュックを背負って空港から出てくるのだが・・・
今回は、ジャケットにスラックス、ネクタイを締めてショルダーバッグなのだから無理もないか。(笑)

明朝、空港へ送ってもらうので、その確認・・・
と・・・私の乗るスリガオ行きの飛行機は第3ターミナルだという・・・
あれ?なんで?
フィリピン航空の国際線と国内線は第2ターミナルのはず・・・
それで、帰国の時は国内線を出てちょっと歩くと国際線にたどり着くというので、現地旅行社によるこの乗り換えの案内は不要ということにしておいたのだが・・・
「第3ターミナルって・・・どこ?」
「結構離れてますけど・・・帰りは間に合いますかね?一人で大丈夫ですか?」と言われる。
初日から嫌な雲行きである。(笑)
急遽、帰国の日に第3ターミナルまで迎えに来てくれるよう頼む。

今日は、スリガオ行きの飛行機はもう出てしまった後なので、マニラに一泊する。
いつものホテルにチェックインして、コーヒーを飲みながらステラさんと雑談。
4月に藤井さんを案内して来たときの思い出話などをする。

知人の亀井さんがフィリピンに来ているという。
この人は、ひとりで山岳地帯の山奥に入り、現地の村の学校の支援をしたり、日本兵の遺骨収集なども個人的にやっている。
お父さんがルソン島北部で戦死されたご遺族。
彼の噂話をしていたら・・・・ステラさんの携帯が鳴った。
「噂をすれば影?」
やっぱり!・・・・(笑)
以心伝心とはこのことか?(笑)・・・・グッドタイミングである。
ステラさんから電話を代わる。
今、ミンダナオ島のダバオにいて、この後、マニラに戻ると言う。
私は明朝、ミンダナオ島のスリガオへ行くから、すれ違いとなる・・・・
すでに私の今回の旅の話は亀井さんの耳にも入っているようで、「お〜噂は聞いてるよ〜、まぁ、頑張ってくれよ!」と励まされる。
彼はマニラに戻ったあと、ルソン島北部の山の中へ入るという。
すれ違いになってお会いできないが、お互いに健闘を祈る。

不思議なことに、日本では滅多に会うことがないのだが、よく同じ時期にフィリピンに来ていることがあって、フィリピンで偶然会うことのほうが多い。
今回はお会いできなかったが、声が聴けただけで、なぜか心強い。(笑)

いつも同じホテルに泊っているので、ガードマンとは顔なじみ。
私の顔を見て「お久しぶりです!」と声をかけてくれる。
彼は「2ヶ月前に子供が生まれたんだ」と嬉しそうに話す。
「いやぁ〜そりゃ、おめでとう」
こういう、ちょっとした会話ができるのが、また楽しい・・・・

夕食 ホテルのバイキングの夕食

今晩は、ひとり部屋にこもって英語のお勉強である。
前日に勉強して、どうなるものでもないとは分かってはいるが・・・不安で仕方がないのである。(大笑)
更に、古沢さんから頂いた資料をもう一度読み直す。



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