7.記念式典

(スリガオ市役所)


平成21年(2009年)10月25日 (第3日目)

さて、テレビ局のインタビューも終えたし・・・・・
次は・・・・
市役所まで「モーターケイド」・・・と私のスケジュール表に書いてある。
「モーターケイド」って・・・自動車での行進のことだと思うんだけど・・・・
それらしき、雰囲気が・・・・ない・・・・。
市役所の車に乗せられ、市役所に送り届けられただけ・・・・
あれ?どういうわけかな??(笑)
パレードじゃなかったの?
「日本代表」として、オープンカーにでも乗って、沿道の人たちに手を振りながら市役所に向かうのかなと思ったんだけど・・・・(笑)
もしかしたら・・・TV局のインタビューを受けている間にパレードは出発しちゃったのかも。(笑)

市役所の会議室に案内され、そこで朝食となる。
バイキング形式で、簡単な朝食が用意されていた。
私はパンとコーヒー程度ですませる。
これから先のメインイベントを考えただけで胸一杯で、とても食欲なんか湧かない。(笑)

スリガオ海峡海戦記念式典の第2部はこの式典だが、最初に「サンクスギビング・マス」と予定表に載っている。
「サンクスギビング・マス」というのは・・・・ミサのことであろう。
今日は日曜日だから、教会でミサがあるのだろう。
三宅さんから「行ったほうがいいですよ」と言われたが・・・・
いいのかね?
私はキリスト教徒じゃないんだけど・・・ミサに参列していいのかな?
曹洞宗なんですけど・・・・(笑)
教会でのミサで、どういう作法をすればいいのかなんて知らないんですけど・・・・
もう、ミサの時間になるというのに誰も私に指示を出さない。
あれ?私のスケジュール管理は誰がしてくれてるの????
ミス・リズリーも見当たらない・・・・どこに行っちまったんだ?
三宅さんにジュンさんに私は行かなくてはならないのかどうか聞いてくれと頼んだが、どうも要領を得なかったようである。
反応がない・・・・
じゃぁ〜行かなくてもいいんだろ?
それより・・・・タバコが吸いたい!(笑)
というわけで・・・市役所の警備員にタバコを吸っていい場所を教えてもらい、外に出る。

あとから三宅さん夫妻が来たので、外でおしゃべり・・・・
フィリピンの奥さんは「この暑い中、外に出て・・・」という顔をして苦笑していた。
が・・・私はエアコンが苦手・・・・
市役所の会議室はガンガンにエアコンがかかっていたのである。
あまり冷えると、お腹の調子が悪くなる。
ここ肝心な時に下痢でも起こしたら万事休すである!(笑)

午前7時からは「シビック・アンド・ミリタリー・パレード」・・・
これ・・・なんだろう?(笑)
市民と軍隊が一緒にパレードを行うのか?
式次第にはパレードのルートも記されているのだが・・・
我々は参加しなくていいのか?
よくわからん・・・・
まぁ〜いいやぁ〜・・・ということで、三宅さんとおしゃべりを続ける。

まもなく、ジュンさんから式典会場に入るように指示される。
式典会場は、市役所の真前!

式典会場

白いカバーの付いている椅子が我々の席
向こうのテントには、すでにベテラン(退役フィリピン軍人)等の招待客が座って待機していた。

この式典で私には重要な出番がある。
なにせ、一番最初に、日本代表の私が「平和の祈り」という、いわば「平和宣言」を行うのである。
さすがにやる前から緊張する。
が・・・しかし、市役所の前のテントにはわずかな人だけ・・・
なんだぁ〜これだけの人の前なら、大して緊張することもないな・・・・
と・・・思ったら・・・・

トンテケテ〜トンテケテ〜と何や太鼓などの楽器の騒々しい音が聞こえ始めた。
ん?何事???
と・・・市役所の目の前の通りから、制服を着た人たちを先頭にぞくぞくと音楽を演奏しながら大勢の人が入ってきたのである。
はぁ?これが・・・もしかして、「シビリアン・アンド・ミリタリー・パレード」?

パレード シビリアン・アンド・ミリタリーパレード

先頭の旗は写真に撮れたが、その後すぐに司会者から「ご起立ください!」の声がかかり、起立して、パレードを迎えることになってしまったので写真を撮ることができなかった。
いやぁ〜すごい人数である。
我々の前を通過するときに、それぞれの団体名などが紹介された。
制服組はもちろんのこと、市内の各種団体、各種学校・・・・と、続々と入場・・・・
で・・・式典会場前は、すごい人だかりとなってしまった!
ギョェ〜
こんなに大勢の前で、俺は「平和の祈り」を読み上げるのか?(汗)
顔面蒼白である!(笑)

国旗掲揚・・・・
関係各国の国旗が掲揚されるが、一番最初が・・・日の丸である!
「君が代」の音楽に合わせて国旗が掲揚される。
私と三宅さんの2人で「君が代」を斉唱する。
別に歌わなくてもいいんだろうけど・・・(笑)
でも、折角だ・・・・歌わないより歌ったほうがいいだろう。
続いて、オーストラリア国旗・・・・
スリガオ海峡海戦にはオーストラリアの軍艦も参加していたので・・・ということらしい。
で・・・次が、アメリカ合衆国・・・・最後がフィリピンの国旗という順番である。

ここで、ふと、迷った・・・・
日の丸の掲揚の時は、私は普段どおりに直立不動・・・・
掲揚が終わったら、国旗に対して一礼をするが・・・・
さて・・・他国の国旗に対してはどうしたらいいんだろう?
そういうことは誰からも教わったことがない。
しまった!事前に調べておくべきだった!
左胸に右手を置くという仕草を見たことがあるが・・・
あれは、どういう時にするんだっけ?
確か、文民である人が軍隊を閲兵したりする時とか、儀仗兵に敬礼されたときにするとか・・・だと思っているのだが・・・
あれは他国の国旗に対してもやるんだっけ?
それとも自国の国旗に対してだけにやるんだっけ?
私が軍人であれば敬礼すればいいだけだが、民間人の場合は左胸に右手を置くのが正式な礼儀か?
さぁ〜困ったぞ・・・・
ここで、間違った行動をとったら笑い物だ・・・・
国際化とか何とか言っている割には、こういうことへの教育は日本はしていないからなぁ〜
小学生から英語を勉強させるのも結構ですが・・・・
こういう公式の行事ではどういう風にするべきかも教えてもらいたいものである。
仕方がない・・・とにかく敬意の表し方は、日本の国旗と同じようにしよう。
直立不動・・・最後に一礼・・・を各国旗に対して繰り返す。
これで相手には失礼にはなるまい?
なにせ、大勢の観客がこっちを見ているのだ。
私の一挙手一投足が、日本のイメージを左右すると考えねばならぬ。

さぁ〜次が私の出番である!(ドキドキ・・・)
「エキュメニカル・プレイヤー」として各国代表の名前が読み上げられた。
一番最初は・・・日本代表の私である!
起立して、会場に集まった人たちに一礼をする。
ところで・・・「エキュメニカル・プレイヤー」って何?
紹介されたのはいいのだが・・・・全然わからないんですけど・・・・(笑)
まずい・・・知らない単語だ・・・・
周りをキョロキョロ・・・・
私のそばにはスタッフが・・・・いない!
周囲は全部、市のお偉いさん方ばかりである。
あれ?
確か、一番最初に日本が「平和の祈り」を読み上げてくれって言っていたよな?
これが・・・そうなのか?
このタイミングで出て行っていいのか?
おい・・・ミス・リズリーはどこへ行っちまったんだ?
誰も合図を送ってくれない・・・・
おい、おい・・・・(汗)

しばし・・・沈黙・・・・会場は・・・シ〜ン・・・・
あ・・・やっぱり・・・俺の出番だな・・・・(笑)
演台の前に進む・・・・
「平和の祈り」は、日本語でやってくれと事前に先方から仲介してくださった古沢さんに連絡が入っていた。
そこで、古沢さんが日本語の原稿を事前に用意してくださっていた。
大助かりである。
日本語で読み上げてくれとのことなので、日本語で読む・・・・
正直言って、これは楽である。
なぜならば・・・この会場に集まっている人は日本語を知らないのだ!(大笑)
仮にうっかり読み間違えようとも、誰も気付かないのである。(笑)
更には・・・「今度こそアメリカに勝ってやる!原爆を落とされた恨みは必ず晴らしてやるぞ!」などという暴言を吐いたとしても誰にもわからないのである・・・・三宅さん以外は・・・・(笑)
つまり・・・失礼な言い方だが・・・ジャガイモ畑に向かって話しているのと変わらない。
ただ、やはり、声の大きさ、トーン、抑揚というものには神経を使わねばなるまい。
言葉の意味が分からなくても、雰囲気というものがあろう。
日本人としての威厳を保たねばなるまい!
・・・などと、思いながら、無事に「平和の祈り」を終える。
自分の席に戻ったら、三宅さんが大喜びで握手を求めてきた。
「いやぁ〜すごい!良かったかったですよ!」と大いに誉められた。
が・・・実は古沢さんの原稿が素晴らしいのである。(笑)
私は原稿を読んだだけなのである。(大笑)
が・・・嬉しい!

私に続いて、メトロ・スリガオ・ロータリークラブの代表が英語で・・・・
北スリガオ州(?、もしかして区かな?)の教育局(?)の人だと思うけど・・・この人が現地語であるスリガオノン語で「平和の祈り」を行った。
・・・・が・・・・すでにこの時には私は緊張の糸が切れて放心状態・・・・(笑)
申し訳ないが、何も耳に入らない・・・(笑)

続いて、市長、州知事の挨拶があったが・・・・これまた放心状態で・・・・耳に入らない・・・(笑)
完全に私の思考回路は停止・・・・(笑)
英語の解読は不可能である。

市長さんのご挨拶



市長さんのご挨拶





(スリガオ市公式ホームページから転載)

この後、「インターミッション」として退役軍人会のご老人がフォークダンスを披露!

フォークダンス

“おばあちゃん”に「ほれ、こっちだよ!ほれ、回って!」と手を引っ張られる退役軍人の“おじいちゃん”の姿を見て大笑い。
やっと私の思考回路が正常に戻った・・・・
それにしても、この炎天下・・・・踊るのも大変だったろうと思うのだが・・・・
大したもんだ・・・退役軍人さんは・・・・尊敬します。

続いて、「インスピレーショナル・メッセージ」としてアメリカ人のジンジャーさんがスピーチ。
「インスピレーショナル」って何?
まさか・・・霊感じゃないよな?(笑)
感動、感激、激励という意味のほうだよな?
彼女のスピーチはまたもや自分の著書の話・・・・
父親がゲリラの隊長だった話と、日本軍の討伐で悲惨な目に遭ったという話である。
しかも、この話が・・・・長い!
30分も話している。
さすがに、国旗掲揚の時点から炎天下の中、微動だにせず立っている制服の方々(警察、軍、沿岸警備隊、消防局等)、そして各種学校の小学生、高校生、大学生は可哀そうである。
さすがに、途中で市長がマイクを取り返して、彼らに木陰に入るよう指示を出した。
が・・・それにもかかわらず、彼女の話はその後も延々と続く。
「大したもんだねぇ〜彼女、30分以上も話しているよ」と三宅さんが私にささやく。
それより、この炎天下・・・・状況を把握しろよと言いたい!
集まっている人たちがかわいそうである。

市長さん




ジンジャーさんの著書を紹介する市長さん





(スリガオ市公式ホームページから転載)

この式典では、私はネクタイを締めてジャケットを着て臨んだ。
なぜならば・・・・日本人だから!(笑)
キリッとした格好をせねばならない・・・・と思ったのである。
日本人は暑かろうがなんだろうが・・・・キリッとした格好をするんだ!(笑)
武士のやせ我慢というのを見せてやる〜(笑)
が・・・正直言って、いやぁ〜暑いのなんのって・・・・汗が噴き出し続け、もうクラクラである。(笑)
にもかかわらず・・・延々と話をやめない“オバチャン”には本当に参った。
この一事で、彼女に対する尊敬の念は消え去った・・・・。

ようやく最後のセレモニー・・・・
「コミュニティ・シンギング」である。
ん?「シンギング」?何か歌うのか?
英語の歌詞カードが配られてきた。
「レット・ゼア・ビー・ピース」という歌らしい。
ん?知らないんだけど・・・この歌・・・(笑)
いきなり一緒に歌わされたが、なんとか歌えた!(喜)

そして、最後の最後・・・・
各国代表の名が呼ばれ、記念品の贈呈式が行われた。

記念品贈呈式




記念品の贈呈を受ける私・・・・(笑)





(スリガオ市公式ホームページから転載)

いやはや炎天下での2時間以上の式典はきつかった〜
が・・・無事、とりあえず、日本代表としての大役は終えることができた。
いやぁ〜よかった〜
三宅さんから「こういうことには慣れているんですか?」と尋ねられたが・・・・
その昔、これほどの式典ではないが、そこそこ青年会議所(JC)で経験を積んできたことが役に立ったように思う。
どちらかというと、自分が壇上に上がるより、式典を運営するほうが多かったが・・・・
おかげで、式典のコーディネイト側に立って予測をすることが出来たので、内容の詳細がわからなくても、なんとか対応できたように思う。
何事も経験だな。
無事終えることができて本当に良かった。

ここで、タバコを一服して、コーヒーか何か飲みたいところだが・・・・
どこからともなくミス・リズリーが現れ、「急いでください!次の場所に移動します!」と私を急かす。
肝心な時にどこに行っていたんだろ・・・この人・・・(笑)
「ねぇ、のどが渇いてるので何か飲みたいんだけど〜」と言っても聞いてくれない。(笑)
炎天下、緊張して喉はカラカラである。
が・・・「急いで!急いで!」とせかされ・・・・・次の場所に移動する羽目となる。
キツイ〜(笑)


  


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