田端文士村記念館

東京都北区田端6−1−2


田端文士村記念館 平成18年1月25日

田端文士芸術家村

明治中期まで、田端は閑静な農村でしたが、明治22年、上野に東京美術学校(現・芸大)が開校されると、徐々にその姿を変えて行きます。
上野とは台地続きで便が良かったことなどから、美校を目指し、学び、巣立った若者たちが田端に住むようになるのです。
明治33年・小杉放庵、36年・板谷波山、40年・吉田三郎、42年・香取秀真など、芸術家たちが続々と転入。
画家を中心とした”ポプラ倶楽部”も誕生するなど、田端は、さながら〈芸術家村〉でした。
大正3年、ひとつの転機が訪れます。
学生・芥川龍之介の転入です。
5年には室生犀星も田端に移り住み、競うように作品を発表、名声を高めていきます。
ふたりを中心に、やがて菊池寛、堀辰雄、萩原朔太郎、土屋文明らも田端に居を構えるなど、大正から昭和の初期にかけて、田端は〈文士村〉となったのです。

(リーフレットより)

展示室


展示室

文士芸術家たちの絵画・彫刻・陶芸・原稿・書簡・初版本等をご紹介しています。




(平成18年1月25日)

年表

転入年 文士芸術家【職業】(居住期間)
1900年 明治33年 小杉放庵【画家】(〜1945年)
1902年 明治35年 正岡子規【俳人・歌人】(〜没年)
1903年 明治36年 板谷波山【陶芸家】(〜没年)
1907年 明治40年 下島勲【医師・書家】(〜1937)
吉田三郎【彫刻家】(〜没年)
山田敬中【日本画家】(〜没年)
1908年 明治41年 片山潜【社会主義活動家】(転出不詳)
1909年 明治42年 香取秀真【鋳金家・歌人】(〜1945年)
1910年 明治43年 池田勇八【彫刻家】(〜1945年)
1911年 明治44年 山本鼎【洋画家】(〜1917年)
1912年 明治45年 鹿島龍蔵【実業家】(〜1944年)
1913年 大正2年 岡倉天心【美術評論家】(約2ヶ月)
倉田白羊【洋画家】(数ヶ月)
1914年 大正3年 芥川龍之介【小説家】(〜没年)
池田輝方【日本画家】(〜没年)
押川春浪【冒険小説家】(約4ヶ月)
村山槐多【洋画家・詩人】(〜1916年)
田辺至【洋画家】(転出不詳)
1915年 大正4年 広瀬雄【府立三中校長】(〜没年)
1916年 大正5年 室生犀星【詩人・小説家】(〜1928年)
石井鶴三【洋画家・彫刻家】(〜1921年)
斉藤素巌【彫刻家・洋画家】(〜1923年)
1918年 大正7年 平塚らいてう【評論家】(〜1923年)
鹿児島寿蔵【紙塑人形家・歌人】(〜1945年)
寺内萬治郎【洋画家】(〜1934年)
1919年 大正8年 太田水穂【歌人】(〜1939)
内藤春治【彫金家】(〜没年)
1920年 大正9年 堆朱楊成【漆芸家】(〜没年)
野口雨情【詩人】(約半月)
サトウハチロー【詩人】(〜1922年)
1921年 大正10年 瀧井孝作【詩人】(〜1922年)
竹久夢二【挿絵画家・詩人】(約半月)
1923年 大正12年 菊池寛【小説家】(約3ヶ月)
1924年 大正13年 窪川鶴次郎【詩人・評論家】(〜1926年)
堀辰雄【小説家】(〜1927年)
1925年 大正14年 萩原朔太郎【歌人】(〜約8ヶ月)
土屋文明【歌人】(約10ヶ月)
1926年 大正15年 岩田専太郎【挿絵画家】(〜1945年)
1927年 昭和2年 川口松太郎【小説家】(〜1930年)
1928年 昭和3年 濱田庄司【陶芸家】(約1年)
1929年 昭和4年 田河水泡【漫画家】(〜1931年)
小林秀雄【評論家】(〜1931年)
1930年 昭和5年 中野重治【詩人】(〜1931年)

(リーフレットから抜粋)

記念館入館案内


 (関連商品のご紹介)

文士  小説家  芸術家


 トップページに戻る   博物館のリストに戻る

SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO