1.久しぶりの台湾!

(北投温泉博物館・瀧乃湯温泉室・善済寺・日本軍衛戍医院北投分院・芝山公園)


 平成24年(2012年)3月9日(第1日目)

昨晩はいつものように京成成田駅前のホテルに宿泊・・・
チェックアウトして成田空港に向かう。
で・・・
待ち合わせ時間は午前7時40分。
「ツアー名が書かれた紙を持ってお待ちしています」と案内書に書かれていたが、そういう紙を持っている人がいない。
もしかして、この人が添乗員さんかなと思い声をかけたら・・・そうだった。
なんとも初参加の人間にとっては困った待ち合わせの仕方だ。
今回のツアー・・・・
日本統治時代の文化遺産を見学するツアーである。
この旅行社では頻繁にいろいろなツアーを開催しているようで、今回の参加者は添乗員を含めて9名・・・
初参加は私ともう一人の2名のみだそうである。
他の人は“常連さん”なのだそうだ。
添乗員さんがすなわちツアーリーダーである。
だからみなさん顔見知りとの事。

それぞれ待ち合わせ順に、各自でチェックインの手続きをしてくれとの事。
ちょうど、ご夫婦で参加されていた方と一緒になったので、3人でチェックインを済ませて、さっさと出国手続きを終わらせる。
ここでご夫妻とは、あとで搭乗口でお会いするということで別行動・・・・

午前9時40分発の中華航空107便にて台北に向かう。
飛行時間は約4時間である。
時差は日本時間に対してマイナス1時間・・・
現地時間12時40分頃に台北の桃園国際空港に到着。
空港に到着してから入国手続きを終え、迎えのマイクロバスに乗るまで1時間ほどかかった。

外は小雨・・・天気が悪い。
しかも寒い!
日本と変わらぬ・・・薄着をしてきて失敗である。

先ず最初に向かったのが・・・「北投温泉博物館」

博物館内での見学は、最初は団体でサラッと見学をし、その後に各自でゆっくりと見学するといいでしょうとガイドが言ったので安心して写真もろくに撮らず、みんなと一緒に見学していたが・・・
なんと、そのまま見学は終了!
「では、次に向かいます!」
嘘・・・(汗)
ゆっくりと後から写真を撮ろうとしていたので大慌て・・・
参ったなぁ~・・・・これ・・・・

続いて向かったのが・・・「瀧の湯」
ここは、昭和天皇が皇太子時代に入浴されたという温泉である。
正式名称は『瀧乃湯温泉浴室』というらしい。





皇太子御渡渉記念碑
(瀧乃湯敷地内)




(平成24年3月9日)

どこから見ても・・・ただの“銭湯”である・・・・(笑)
温泉の建物の隅に石碑が建っているだけの史跡である。
外観だけを見学して次に向かう。

北投温泉街を歩いてバスの待つ場所まで移動する。
日本と変わらぬ風景・・・という感じである。

次に向かったのは同じ北投温泉内にある「台湾銀行旧宿舎」
日本統治時代は旅館だったらしいが、その後、台湾銀行の宿舎として利用されたという。

狭い坂道をマイクロバスで登っていくが・・・・場所がわからず地元の人に尋ねてUターン・・・
いやはや、どのあたりなんだ?
地元の人の話によると、目印は「善済寺」という寺の直ぐ近くにあるらしい。
ようやく到着したが、どうも修復中かなにかで見ることは出来ないというので見学は諦め、「善済寺」を見学する。





善済寺






(平成24年3月9日)

このお寺は日本の寺院建築を色濃く残しているお寺だそうで・・・・
日本統治時代に総督府鉄道部の職員の寄付で建立されたお寺だそうだ。

この屋根の形を見ると、やっぱり日本のお寺だ。

続いて向かったのが・・・「日本軍衛戍医院北投分院」
現在は「国軍北投病院」となっているそうである。
で・・・その国軍病院へ行ったが、どう見ても日本統治時代の病院には見えない。
こりゃ、おかしい・・・・
ここはどうも本当の軍の現役の病院らしい。
で・・・ガイドがここの関係者に尋ねてようやく、すぐ近くにあるということを教えてもらったようである。
呆れたことに、どうもこの現地旅行社は事前に所在地や道順を調べてはいないようである。

古蹟 前日軍衛戍醫院北投分院

【等級】 市定
【類別】 其他
【位置】 臺北市北投區新民路60號
【創建年代】 約日大正初年(約1910年代)

(説明板より抜粋)

教えられた場所へ行って見たら確かに、そこにあったが・・・
ちょうど改修中・・・
どういう建物なのか、その姿を想像する事も出来ないくらい解体されていた。(唖然)

公告
本古蹟全名為「前日軍衛戍醫院北投分院」,1895年(明治28)年,日軍在台海軍少将角田秀松在台罹患疾病,在當時無任醫療設施状況下,經在北投所設立的倶楽部内之温泉療養,效果顕著,於是命日軍軍醫著手設立病院。
1898年(明治31)日軍以毎日600人之建築人力,花費二個月時間完成興建,總經費約為十萬日幣,至民國三十八年由國軍接收。
由於庭園廣大,週邊緑樹扶疏,保存良好,發展迄今仍保留日治時期原有風貌,■經臺北市政府八十七年九月一日府民三字第八七〇四八〇三七號公告為直轄市定古蹟。
為使古蹟活化再利用,本院目前正依「文化資産保護法」與「古蹟歴史建築及聚落修復或再利用採■■法」著手■畫古蹟整修工程,価此期間,非必要人員為免發生危険不得■入,期待古蹟整修完畢後展現原有風華。
國軍北投醫院醫務行政室敬啓
中華民國九十九年一月十四日 

私は中国語はわからないが、漢字を読んでいけば、なんとなく書いてある意味は分かる。

続いて向かったのが・・・「芝山公園」
ここに「六氏先生の墓」というのがある。
“六氏先生”とは、日本が台湾を統治することになった明治28年に始まった学校教育で、日本からやってきた6人の先生を指す。
この先生方は、台湾の日本割譲に反対する暴漢達(100人ぐらいいたとか)に襲われ殺害されたのだそうだ。
その6人のお墓がここにあるそうなのである。
というわけで・・・公園の中を探す・・・

公園の中で、トーチカらしきコンクリートの建造物を見かける。

常連の参加者の中には、過去に来たことがあるという人もいたのだが、正確な場所がわからないようで、皆でウロウロ・・・
ようやく“お墓”を見つける・・・





六氏先生之墓
(芝山公園)




(平成24年3月9日)

過去に来たことがあるという参加者の話によると、以前(たぶんかなり昔だと思うが)とは、お墓が違っているらしい。
どうも新たに建て直したらしいとのこと。
この6人の先生が殺害された事件を『芝山巖しざんがん事件』というらしい。

この近くに「学務官僚遭難之碑」というのが建っていた。





学務官僚遭難之碑
(芝山公園)




(平成24年3月9日)

この碑の揮毫は伊藤博文
近くには「芝山巖事件始末」という説明板が建っていたが、全部中国語である。(大汗)

長い石段を降りて、公園の外に出る。
振りむいてみた・・・
もしかして、こっちが正面なのかも?(笑)

ここで、迎えのバスを待っているとき・・・
ふと、信号が気になった・・・
この信号・・・横に時間が表示されるようになっている。
カウントダウン・・・である。
歩行者用の信号に時間が表示されるのはわかるが、車両用の信号に時間が表示されるとはねぇ~
そんなに台湾人は、せっかちなのか?
しかも、この信号を見ていて、もう一つおかしなことに気がついた。
青信号の後、いきなり赤信号になるのである。
黄色はどうなってるんだ?(笑)
壊れているのか?
真ん中が黄色だよな?
おかしい・・・・どうでもいいことだけど・・・

カウントダウンする信号機

さて・・・初日の見学はここで終了・・・・
夕食を摂り・・・台北駅近くのホテルにチェックイン。
時刻は午後8時である。

移動するバスの中で現地旅行社のガイドさんから1万円を両替した。
1万円で3,500元だから・・・一応、1元=3円と考えることにする。
ガイドさんからマッサージのパンフレットももらった。
誰もマッサージに行く気はないらしいが・・・・
それではガイドも困るだろう。
ということで・・・私は一人で行ってみることにした。
が・・・“軍資金”がちょっと不安・・・
ホテルのフロントで両替をする。
1万円が3,350元だった。
ホテルの両替はレートが悪いという話だったが、この程度ならたいした事はない。
ホテルのコーヒーラウンジでコーヒーを飲み、大きなお金を少し崩す。

夜になったら益々寒くなってきた。
日本を出発前、ふと、セーターを持っていこうと思い立ちスーツケースにセーターを入れておいて正解だった。
セーターを着なくては我慢が出来ない寒さである。
もし、これを持ってこなかったら悲惨なことになっていただろう。(汗)

マッサージ店に電話をして、送迎車に迎えに来てもらい、2時間で2,000元というコースを選ぶ。
で・・・足裏のマッサージもしたほうがいいと強引に勧められ・・・(苦笑)
仕方がないので、これも頼み、合計2,700元・・・
マッサージは若い女性だったが、なかなかキチンとやってくれて気持ちがよかった。
途中で、“爪切り”のオバチャンがやってきたが、爪切りはお断りする。
確か700元とかって言っていた・・・・
足裏マッサージは男性のマッサージ師・・・・
私が何も言わないので、「強いか弱いか言って下さい」と言われる。
普通は「痛い!」とかって言うのだろうが・・・
ちょうど気持ちがいいから何も言わないでウトウトしていたんだけどなぁ~(大笑)

2時間キッチリとマッサージを受けて・・・終わったのは午前0時・・・
ホテルに戻ってテレビを付けて風呂に入る。
と・・・
ピロリロリ~ン、ピロリロリ~ンと、緊急速報のメロディが・・・・
ふ~ん・・・台湾でも緊急速報のメロディは日本と同じものを使っているんだぁ~
・・・と思って、浴室から出てきてテレビを見たら・・・
あら・・・NHKのBSだった・・・(大笑)
いつのまに日本の番組なんかにしていたんだろ?

で・・・“速報”は、地震速報だった。
日本時間で午前2時半ごろ(台湾では午前1時半ごろ)、地震があったらしい・・・
しかも我が家のある町は震度4とのこと。
あらら・・・マズイ・・・(汗)
親父が一人で留守番中なのである。
震度4・・・かぁ~
ガスが止まっていなければいいが・・・
復旧のボタンの操作・・・大丈夫だろうか?
まさか、夜中に電話をするわけにもいかんしなぁ~
旅行に出発する前、もし地震が起きてガスが止まった時の復旧の方法を親父に教えたのだが、翌日にはすっかり忘れているという始末。
私が旅行中に地震が起こる確率は低いだろうから大丈夫だろうと思っていたのだが・・・まさかの心配が現実となる。(汗)



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