3.台北市内観光

(西門紅楼・逸仙公園・旧台北市長官舎)


 平成24年(2012年)3月10日(第2日目)

昼食・・・
参ったのが、この昼食である。
ツアーリーダーは添乗員も兼ねているのだが、率先して思想的な話や政治的な話を持ち出す。
昔は“右翼”とか“ナショナリスト”と言っていたが、最近は“保守派”という言葉がよく使われているが、その“保守派”の方である。
で・・・常連さんも当然、同じ思想の持ち主・・・・
皆さんは、“内輪の話”で盛り上がるんでしょうが・・・いかがなものだろうかという気がする。

私がお付き合いしている戦友会の生還者や遺族の中には思想的に左に傾いている人もいれば右に傾いている人もいる。
そういう方々をまとめる事務局長としては、自分の思想や政治的な話は持ち出さないようにして、できるだけ中立の立場をとるようにしている。
そのことを話して、皆さんにやんわりと釘を刺したつもりなのだが・・・
私の話は通じないようで・・・無視された。(大汗)

馬英九は怪しからん、中国は怪しからん・・・という類のお話が、食事のたびに毎回出てくるのには参った。
他に話題はないのでしょうか?(苦笑)
まぁ、左に傾いた人からの話よりはいいが・・・
それでも、やっぱり・・・ちょっと・・・ねぇ~・・・である。

いずれにせよ、このツアーの“キャラ”が分かったので(非常に分かりやすいキャラである)、割り切ってしまえばいいと諦める。

さて、日本から持ち込んだ最新兵器(笑)のドコモのタブレット・・・・
使えるかどうか試してみた。
昨日、電源を入れて、「海外パケ・ホーダイ」の事業者を設定・・・・
これをやらないと、あとで高額なパケット通信料が請求される可能性があると、ドコモショップの女の子が言っていた。
が・・・私は「パケット通信料」の意味が分からない・・・なんとも不安である。(汗)
対象事業者を選定して・・・っていうか、タブレットが勝手に選定してくれたようである。
よく分からぬうちに何とかなった。(笑)

試しに「マップ」を使って、現在位置を確認してみた。
私がいる場所の道路の向こう側にマークが点滅している。
どうも30メートルくらいの誤差がありそうだ。
が・・・だいたい自分が台北のどのあたりにいるかはこれでわかった。
いやぁ~これは便利である!(大喜)

昼食後、向かったのは「西門紅楼」・・・・
ここは日本統治時代の公設市場だったそうで、レンガ造りの建物が残っている。





旧西門市場八角堂

(現:西門紅楼)




(平成24年3月10日)

この建物は1908年に近藤十郎の設計で建てられたものらしい。
ここは「西門町」と呼ばれた場所で、日本人が多く住んでいたようである。
当時は「西門市場八角堂」と呼ばれていた建物らしい。
現在は、この建物を中心に広場なども含めて「西門紅楼」といい、各種イベントが開催されているようである。

この建物の内部を見学・・・・
1階部分は改装されていて、喫茶や商店が入っている。
どうもショッピングセンターみたいな感じになっている。





西門紅楼内部(1階)






(平成24年3月10日)

2階部分は劇場らしきスペース。
食事をしながら劇やコンサートが楽しめるのだろう。
一応、許可をもらったらしく“閉店”していたが内部を見学させてもらった。
ツアーリーダーは以前にも来た事があるそうで、ここの天井の骨組みが素晴らしくて、それを見せたくて連れてきたと言う。
なるほど・・・なのだが・・・
なにせ、点けてもらったライトが赤や紫・・・艶かしいというか何というか・・・
薄暗い天井を撮影するのは、ちょっと難しかった。(汗)





西門紅楼内部(2階)






(平成24年3月10日)

見学を終えてバスで移動・・・・

移動するバスの窓から見えた交通標識・・・

「違者拖吊」って・・・違反したものは吊るし上げる・・・ってこと?(大笑)
「市民熱線」は英文の表記を見てわかった・・・
「市民ホットライン」のことだそうで、番号は1999
「ホットライン」を「熱線」と書くとはねぇ~(大笑)・・・・すごい直訳!
分かりやすいが・・・ホットラインに電話をかけて違反者をチクるのか?
そうすると、違反者は吊るし上げられるということなのか?(大笑)
いや・・・レッカー移動ってことなのかな?
いやいや、レッカー移動なら「違者」じゃなくて「違車」と書くよなぁ~
勝手にいろいろと想像して・・・結構、交通標識で楽しめた。

次に向かったのは「逸仙公園」・・・・
ここに「国父史蹟館」というのがある。
“国父”とは、“孫中山先生”のことだそうで、“孫中山先生”とは“孫文”のことだそうだ。
なんともわかりづらい書き方をするものである。
最初から「孫文」って言ってくれればいいのにねぇ~(笑)





逸仙公園入口






(平成24年3月10日)

入門してすぐのところに孫文の銅像が立っていた!
ここで「銅像」1体をゲット!
我がホームページの「銅像」のコーナーに1体追加できるぞ。(喜)





孫文像

(逸仙公園)




(平成24年3月10日)

公園内には、孫文が泊まったという日本人が経営していた旅館「梅屋敷」が復元されている。
「國父史蹟館」と名付けられて、孫文の資料などが展示されている資料館となっている。
残念ながら内部の撮影は禁止とのこと。(係りの女性が身振り手振りで教えてくれた)

國父史蹟館(梅屋敷) 
逸仙公園
逸仙公園は台北市中山北路と市民大道一段西南側の交差点にあります。
台北駅から東方約500メートル、所在番地は台北市中山北路一段46号です。
面積約3025平方メートル(915坪)の園内に国父史蹟館があります。
この史蹟館は、中華民国建国の国父である孫文(字は逸仙、号は中山)先生が1913年台湾にご来訪のおり宿泊なされた日本旅館「梅屋敷」を再現した建物でございます。
従って国父ご光来の史跡を記念するために、この公園を「逸仙公園」と名付けたのでございます。

国父孫中山先生は中国革命を指導して、中華民国を創建なされたのでございます。
革命を統率した40年間、前後して三度台湾を訪れなさっています。
1912年に就任してまもない中華民国臨時大総統を袁世凱に譲り、1913年8月、二次革命に失敗し、胡漢民先生等と上海を離れて、広東へ赴き、帝政復活を図った袁世凱を討伐に兵をあげるであったが、福建馬尾に至った時、広東に変乱が起こったことを知り、そこで、急遽行く先立台湾に変換なさったのでございます。
これが二度目のご光来です。
そしてここ御成町における日本人大和宗吉が経営するこの旅館「梅屋敷」にお泊り、記念までに親書「博愛」の芳墨を贈りなさいました。

「梅屋敷」は1900年に建てられ、建築は長方体の平屋、約50坪、1946年国父史蹟記念館に転用、1983年台北市地下鉄工事で、旧址からはば50メートルの北東に移築され、1986年11月12日、国父の誕生記念日に竣工をお祝いしました。
その後、1987年2月末に庭園も完成し、同年3月12日国父の祥月命日に正式にオープン、1998年3月、台北市政府民政局が専門家や学者の討議を経て、この建築を台北市歴史建物に指定しました。
なお2007年10月、台北市政府文化局がまた専門家や学者の討議を経て「国父史蹟記念館」を「国父史蹟館」と命名を変更しました。

史蹟館の玄関は南側に設けています。
館内では国父孫中山先生の関係文物史料や写真が展示されています。
例をあげますと、国父孫中山先生が1913年に提示した『中華民国臨時大総統誓詞』、1924年に発表した『三民主義自序』と『国民政府建国大綱』など、及び梅屋敷元来の吊り下げ式のランプが三つあります。
壁には、国父肉筆の「博愛」の額と若干の珍重な白黒写真が掛けてあり、部屋にある木製の四角い机と座布団は国父が1913年光来時に宿泊した装飾をそのまま保存して陳列したものです。
更に、国父が1910年アメリカのサン・フランシスコでかつてご使用になさった執務用のデスクと椅子も展示されています。

中心となる梅屋敷以外に、正門屋根葺きのアーチ、回廊とそれから石碑を風雨から守る碑亭などが完備多した配置の格調を形成しています。
碑亭には日本陸軍士官学校出身の故蒋介石総統が1954年このあずまやに記念碑を建立、碑文に『復中華的起點、重建民国的基地』(中華国運の護持の起点と回復し、民国の基地を立て直さん)と自らおしるしなされたのであります。

千坪に近い園区には、中国江南庭園式造景の概念に基づいて、クロマツ、梅、ヒノキ、ひょうたん竹など常緑の樹木が植えつけられています。
それに築山、流水、屈折橋、池、涼亭などがあり、つやある青青としたヒノキやぬきんでているクロマツの調和した配合、それに石を敷いた道の両側の園地のあちこちに植えられた季節に合わせて花見植物、特に、梅は白とピンク両色の花咲かせ、香気を漂わせて、庭園の美しさを飾り添えるのでございます。

(日本語リーフレットより)

次に向かったのは「旧台北市長官舎」・・・・
ここは現在、喫茶店になっている。
市長官舎としての面影が残っているのは、車寄せの部分のみだそうだ。
内部と建物の後ろは、大幅に改造されているようで、全く市長官舎だったという面影が無い。
ここまで改装されては「史跡」となるか?

ここで現地ガイドさんが「ここで、お茶でも飲みましょうか?」と言ってくれたのだが・・・
あれ?
ツアーリーダーは、いつの間にか真向かいの台湾大学を見に行ってしまったらしい・・・(唖然)
あらら・・・である。
戻ってくるのを待って・・・で・・・どうするんですか?
となっても・・・誰もハッキリ言わない・・・
皆さん常連の顔見知りだというのに、誰もはっきりと意見を言わない。
というわけで、僭越ながら私が「飲みましょう!ここで一服!」と決めた。(大笑)





私が頼んだのは、たしか「フルーツ・ティー」というお茶。
これ・・・結構、甘かった・・・(苦笑)




(平成24年3月10日)

ここで一服して、次に向かったのが「免税店」・・・・
団体旅行のお決まりのコースである。






免税店





(平成24年3月10日)

私はお土産を買う気はない・・・
が・・・・お店のオバチャンがしつこく付きまとう。
だから免税店って嫌いなんだよねぇ~(涙)
一旦、店の外に“逃げ出し”て、タバコを吸う。
まぁ~次から次へと日本人観光客がガイドに連れられてやってくる。
唖然・・・である。(苦笑)
一服してから店に戻り・・・フクロウの小さな置物を買う。
これは、我が妹へのお土産!(大笑)
妹はフクロウのグッズを集めているので、国内、国外を問わず旅に出かけたらフクロウのグッズを探すことにしている。
そして、フクロウグッズがあれば買うし、無ければお土産はなし!(笑)
集めているものがある人へのお土産は楽でいい。

ということで、ここでの買い物は、妹へに小さな小さなフクロウの置物を1個買っただけである。(笑)
これじゃ、免税店のオバチャンはいい顔をしないと思ったのだが・・・
意外にもご機嫌で包んでくれた。(笑)
「これ、妹へのお土産なんだ~」
「奥さんには買わないの?」
「奥さん?いないよ!独身!」
「へぇ~そうなの?」
「奥さんを見つけてくれたら買ってあげてもいいけどぉ~」
「アハハ!」
明るいオバチャンなので、余計な話で盛り上がる。(大笑)

さて・・・この次である。
このまま夕食に行くかどうか・・・でなかなか決まらない。
時刻は5時半である。
いくらなんでも夕食には早いだろう~
他の参加者も、う~ん・・・とは言うが、なんともハッキリしない。
現地のガイドさんが「一度、ホテルに戻って1時間ぐらい部屋で休んでから行く事にしますか?」と言うが、誰も返事をしない。
で・・・またもや私が、出しゃばって・・・(笑)
「この時間で夕食を食べたら夜中に腹が減るから、一度ホテルに戻って・・・というほうがいいですねぇ~」と言ったらみんなに笑われた。
で・・・最終的にホテルに戻って休憩してから夕食を食べに行く事になる。


   


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