鷹見泉石たかみせんせき記念館

古河歴史博物館 別館


ここは、古河[こが]藩が藩士たちのために用意した武家屋敷の一つで、隠居後もっぱら蘭学にいそしんだ鷹見泉石が最晩年を送った家でした。

建物は、寛永10年(1633)古河城主・土井利勝[どい・としかつ]が、古河城の三階櫓を作ったときの残り材を使って建てたと伝えられ、もとの建坪は100坪もあり(現在の2倍以上)、屋敷全体は東西に長い他に比べて一段と広大な(現在の4倍以上)ものでした。

土井氏の家中では、奥[おく]氏・潮田[うしおだ]氏・鷹見氏など、もと家老を勤めた者が入った場合が多かった屋敷のように思われます。

いくつも座敷のある長屋門もあって、元治元年(1864)には、天狗党の乱に巻き込まれ、幕府に降[くだ]った水戸藩士100名余を一時収容した屋敷でもありました。
それは、泉石の子・忠正[たださだ]が家老となり、城内の屋敷に移って空家[あきや]になっていたときのことでした。

維新期、この屋敷は再度入居した鷹見家の所有となり、泉石の残した膨大な資料は、この家で代々の子孫に守られ今日に伝えられたのです。

平成2年、「鷹見泉石記念館」として開館されました。

(パンフレットより)


記念館入口 鷹見泉石記念館
鷹見泉石記念館
鷹見泉石生誕の碑 「鷹見泉石生誕の地」の碑

鷹見泉石記念館の近く、古河第一小学校の脇に建っています。

茅葺[かやぶき]屋根に感動しました。
内部には上がれないので、外をグルリと廻って見ましたが、それだけでも、なかなかよい風情の建物でした。
建物自体が記念館ですので、内部には資料等の展示はありません。
見学は無料です。

(平成15年2月訪問)


鷹見泉石
1785年6月29日〜1858年7月16日
江戸後期の下総国古河藩の家老で蘭学者。
「泉石」は号で、名前は忠常といいました。
老中を勤めた藩主の土井利厚・利位[としつら]二代に仕えました。
大塩平八郎の乱の鎮圧を指揮。
「新訳和蘭国全図」を刊行。
ぺりー来航時には建言書「愚意摘要」を書いて、開国通商・富国強兵を唱えました。
渡辺崋山が描いた「鷹見泉石像」は国宝に指定されています。


古河歴史博物館 古河歴史博物館

鷹見泉石記念館の道を挟んだ反対側に建っています。
ここは古河城出城諏訪曲輪跡です。
なかなか洒落た建物です。
展示室1(鷹見泉石と洋学)
古河藩家老・鷹見泉石は蘭学者としても名高く、その研学の多様さには目をみはるものがあります。
そうした泉石の各種語学や地理学・幕政・藩政などの業績を展示しています。
展示室2(古河の歴史)
歴史のまち古河を概観できる中央展示、時代の特色を主題別にわけた側面展示の二つで構成されており、原始・古代・中世・近世・近代と各時代の古河の特色が通観できます。
展示室3(古河の文人たち)
江戸時代から明治大正にかけて古河の歴史を彩った文人たちの業績を紹介しています。
代表的なところでは、最後の南画家として知られる奥原晴湖、江戸で活躍した河鍋暁斎などがあげられます。
ビデオライブラリー
古河の歴史、文化財、民俗行事、民話、祭礼などを映像でみることができるコーナーです。
企画展示室

ご案内
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日・国民の祝日の翌日・年末年始・館内整理日(毎月第4金曜日)
入館料:一般400円 小・中・高校生100円 (企画展の際は別料金になることもあります)

交通:JR宇都宮線「古河駅」下車徒歩10分

所在地:茨城県古河市中央町3−10−56
電話:0280−22−5211

(パンフレットより)

「古河市史研究」という資料などの書籍が販売されています。


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