田中愿蔵 たなか・げんぞう

天保15年/弘化元年(1844年)〜元治元年10月16日(1864年11月15日)






田中愿蔵処刑場跡

(福島県東白川郡塙町・道の駅はなわ)





(平成21年9月13日)

碑文

田中愿蔵絶命の辞

  霜に染む樹々の梢の錦より
         いと珍しき谷の松が枝

元治元年十月十六日斬首年廿有一
昭和四年三月廿一日建立

副碑・碑文

水戸天狗党田中愿蔵は、水戸近郊の戦いに敗れ、八溝山に拠るも再起図れず、解散し、町内の真名畑にて捕縛され、この川原に於いて斬首される。
元治元年(1864年)10月16日遺体は安楽寺に埋葬される。
翌年慶応元年、ゆかりの者により供養の碑が建てられた。
昭和4年金澤春友氏により「田中愿蔵刑場の跡」の碑が建立される。
現在この地に「道の駅」が建設されるにあたり、移動され再建されたものである。
(2004年3月)

「道の駅はなわ」前の川原





田中愿蔵墓
(安楽寺)





(平成21年9月13日)




勤王志士 田中愿蔵 塙於 精威勇猛信士 文久4年10月没
水戸浪士 高橋幸之助 塙於 解心得道信士 文久4年10月没
水戸浪士 西山常蔵 塙於 西往浄心信士 文久4年10月没




(平成21年9月13日)





安楽寺からみた処刑場跡(道の駅)






(平成21年9月13日)
羽黒山 安楽寺
(福島県東白川郡塙町大字塙字上町87番地)

羽黒山施養院 安楽寺

由緒

天文23寅年(1554年)5月17日佐竹義重公ノ所創也、開山師ハ本寺常福寺第9世空誉玉泉上人ニシテ其ノ起因ハ当国白川二所ノ関ノ傍ラ寺山村ト云フ所アリ古戦場ナリ亡霊毎夜闘争ノ昔ヲナス村民是ヲ怖レ官ニ訴フ是ニ於テ佐竹義重公、空誉上人ヲ請シ回向ヲ修セシムルニ妖怪果シ止ム由ツテ一寺ヲ建テ彼ノ師ヲ開山トシ僧田ヲ寄附ス於領地也以後追善ヲ修セシムト言フ。

羽黒山施養院安楽寺
第22世 和田俊道

(説明板より)




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