平成21年11月9日

谷風梶之助 たにかぜ・かじのすけ

寛延3年8月8日(1750年9月8日)〜寛政7年1月9日(1795年2月27日)

宮城県仙台市・匂当台公園でお会いしました。


江戸時代後期の相撲力士。
陸奥国仙台生まれ。
本名は金子与四郎。
20歳の時に達ヶ関の名で初土俵。
のちに谷風と改名。
小野川喜三郎との対戦が評判を呼び、江戸相撲隆盛の立役者となった。
徳川家斉の上覧相撲を前に、寛政元年(1789年)、小野川と共に吉田司家つかさけから横綱を免許された。
第4代横綱とされるが、第3代までは史実と認め難く、事実上の初代横綱である。
現役中に流感のため死亡。


第4代横綱谷風像



『第4代横綱 谷風』像
(宮城県仙台市・匂当台公園)





(平成21年11月9日)

谷風梶之助 等身像

   身長 6尺5寸5分 (187センチメートル)
   体重 47貫 (170キログラム)

出生
寛延3年(1750年)8月8日宮城郡霞ノ目村(現仙台市霞ノ目)農業金子弥右エ門の三男として生まる
幼名 与四郎

初土俵
明和6年(1769年)4月場所達ヶ関森右エ門と名乗り西方大関として付け出さる(伊勢ノ海部屋)
満19歳

横綱昇進  寛政元年(1789年)11月場所 39歳3カ月
総成績  47場所258勝、14負、36分け、預り (勝率9割4分9厘)
優勝  22回(全勝優勝11回) 連続優勝4回
連勝  63連勝
横綱成績  10場所49勝、2負、7分け、預り (勝率9割6分)
引退  寛政6年(1794年)1月9日横綱在任中生家で流行性感冒で没す 46歳

建立 昭和46年7月26日

(碑文より)

匂当台公園



匂当台公園・「いこいのゾーン」

(宮城県仙台市青葉区本町3丁目)





(平成21年11月9日)

【インフルエンザ「谷風」】

江戸時代中期の享保18年(1733年)、インフルエンザの大流行があり、全国的に未曾有の大混乱が起こった。
天明4年(1784年)の流行時には江戸大相撲の横綱・谷風梶之助がインフルエンザに倒れた。
谷風は横綱になってから快進撃を続け、63連勝のあと、ライバルの横綱・小野川おのがわに敗れたが、この一敗をはさんで更に43連勝という快記録を打ち立てた。
ちなみに昭和の大横綱・双葉山ふたばやまが史上最多記録の69連勝を成し遂げるまで谷風の連勝記録は150年間も破られなかった。
その無双の力士谷風が寛政6年(1794年)暮れ、当時江戸に流行していたインフルエンザに罹った。
日頃、「わしは土俵上で倒されることはない。倒れるなら風邪ぐらいだ」と豪語していたのだが、翌7年正月9日、あっけなくこの世を去った。
天下の横綱が現役のまま突然鬼籍入りしたのだから人々は驚いて、このインフルエンザを「谷風」と名付け、後々までの語り草にした。

(参考:篠田達明 著 「日本史 有名人の健康診断」 『歴史読本 2009年9月号』所収)

(平成29年2月14日 追記)




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