栃木縣護國神社

(栃木県宇都宮市陽西町)


 (平成22年10月14日)







夢福神






(平成22年10月14日)

 慰霊塔入口





栃木県東部ニューギニア戦友会慰霊碑 『魂』


此の慰霊碑は栃木県東部ニューギニア会員が昭和44年10月 遺骨収集際遺骨と共に持ち帰った霊石です。
(由来碑・碑文より)



(平成22年10月14日)

【碑文】

大東亜戦争中 原始未開の東部ニューギニア北岸一帯は陸軍は第十八軍(猛部隊)の隷下に属する第二十(朝部隊)第四十一(河部隊)第五十一(基部隊)の各師団及び第四航空軍(洋)船舶団(暁)など 海軍は第二十七特別根拠地隊を主とした部隊が南太平洋防衛第一線の中央拠点として懸軍長躯孤立無援の作戦環境であったにもかかわらず 純正無比 ひたすら祖国の安泰と平和を念じて食料彈薬の欠乏を意とせず 悪疫瘴癘の地に敢闘すること実に三年有余 この間その犠牲は優に十二万人に達し しかもその大半は宇都宮師団管区に属し これら忠勇なる郷土将兵の遺骨の大部分は戦後二十有余年彼の僻遠の山野に埋れておりましたことはその遺族 戦友会は勿論 県民の一大痛恨事でありました。
万死に一生を得て生還したわれわれ戦友は栃木県東部ニューギニア会を結成し予てよりの収骨慰霊の悲願を達成するため昭和四十四年秋 厚生省が遺骨収集団を派遣する機会にこれが協力団を派遣することを企図し その趣旨の徹底とこれが費用の募金を全県下に呼びかけましたところ期せずして県民総ぐるみの一大運動として共感を喚び 予期以上の浄財を得て 昭和四十四年十月三日より十一月四日に至る約一ヶ月間収骨団は幾多の悪條件を克服し 亡き戦友に無言の対面を遂げ弔慰の辞を捧げ収骨の悲願を達成いたしました。
碑上の巌石こそは団員がかっての戦場より持帰ったもので 亡き戦友の凄絶なる死闘を物語る無言の戦史であり 戦友の面影に接する感一入のものがあります。
茲に永久に英霊の偉勲を讃え その冥福を祈ってこの慰霊碑を建てるものであります。

 昭和四十五年三月二十二日
    栃木県東部ニューギニア会 建之
                  会長 澤田芳見

派遣団員
 半田隆盛 板槁長吉 小林英二郎
 是永 清 佐藤三郎 篠田増雄
 臼田正康 高久博夫 増渕喜一
 矢野金吾 和久 和


第33師団第214連隊戦没者慰霊塔
第33師団山砲兵第33連隊之碑
宝木会・慰霊碑(歩兵第59連隊)
慰霊・野砲兵第20連隊之碑
憲兵之碑
満洲青年義勇隊慰霊之碑






忠霊塔






(平成22年10月14日)




昭和19年10月18日
白鹿丸遭難之碑
コレヒドール島沖合北緯十二度十分 東経百十九度十分




(平成22年10月14日)

【碑文】

 兄小田尚命は さきの第二次大戦において陸軍少年飛行兵を志願し 昭和十七年四月東京陸軍航空学校に入学 昭和十八年三月同校卒業同年四月陸軍航空通信学校(水戸)に入学 翌十九年七月同校卒業 第三航空軍に配属されその任地に赴くにあたり瑞穂丸に乗船 同年九月二十一日比島周辺で沈没 護衛駆逐艦に救助された その後白鹿丸に乗船 少年飛行兵第十四期生(甲)二十一名を含む軍人約二千名と軍需品を積載 船団を編成してマニラから シンガポールに向かい航行中 十月十八日午前七時三十分ごろ東経一一九度五二分 北緯十四度〇四分地点で敵の潜水艦により撃沈され 名誉ある戦死をとげた
 正に弱冠十九才
 ここに兄の戦績を偲び文碑を建立した
  平成十六年十二月八日
         小田信明(博)
「九百九十九日の青春」に基づいて編集
    第十四期生甲 大曽根 敬雄
              小田 清子



「あゝ特攻」の碑


(財)特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会
日本人の心を伝える会
碑文・揮毫 吉田 學
慰霊碑像デザイン 塚本 哲
平成22年8月


(平成22年10月14日)

【碑文】

私たちは決して忘れない

かつて太平洋戦争の末期 敵の圧倒的戦力を阻止しようと爆弾をかかえ あるいは魚雷を抱いて敵艦等に体当たりを敢行した特攻隊員のことを
祖国の安泰を信じ 太平洋の陸に海に空に散華した特攻隊員は 全国で実に五千八百余柱 本県で九十四柱に及ぶ
このたび 特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会寄贈の「特攻勇士の像」を 多くの県民の浄財によってここに顕彰碑として建立することができた
特攻隊員の崇高な美挙が この碑によって永遠に語り継がれることを願うものである

平成22年8月15日
栃木県特攻慰霊顕彰の会



「栃の木かげに還る」碑

日本赤十字社殉職救護員慰霊碑

(平成22年10月14日)

【碑文】

この碑は日華事変から大東亜戦争にかけて日本赤十字社栃木県支部所属救護員として応召し黄塵と酷寒の大陸や、灼熱の南方地域に派遣されあるいは浪荒き海を海上輸送の任務について戦傷病者の救護に献身し、若く尊い命を捧げた殉職救護員二十六名の清く凛々しい姿をしのびみたまを慰めると共に、永遠の安らぎと世界平和への深い祈りをこめて建立し、その遺徳を後世に伝え師表と仰ぐ資とするものであります

   昭和五十三年十一月八日  日本赤十字社看護婦同方会栃木県支部






「役立たずの御柱」






(平成22年10月14日)

役立たずの御柱

あなたは自分の周りに「役立たず」の物があると思いますか?
嫌いな物は「役立たず」と思ってはいませんか?
この世の中に「役立たず」の物は何もありません。
毒草も薬になり、すべてが「役に立つ」物ばかりです。
「役立たず」と思う物を「役立ち」に変えてくれる御柱。
願事を唱えながら「4回」御柱をはたいてください。
――しかし、厄だけは「やくたたず」で結構です。

(説明板より)



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