黄河

(響沙湾〜黄河〜包頭〜北京)


平成19年10月18日・(第5日目・その2)

“響沙湾”から1時間弱で「黄河」に到着。
「黄河」を見学って言っても、ただ岸をブラブラするだけ。
ここに「黄河大橋」という橋が架かっている。
何やら有名な橋らしいのだが・・・

黄河大橋 黄河大橋の碑

私が先日、比留間さんと浮き橋を渡った場所は、ここより遥か上流とのこと。
岸から見るより、浮き橋の上から見たほうが面白かった。
ここは・・・正直言ってつまらない。(笑)

この橋を渡った向こうに“東大社”という村が昔あった。
昭和18年頃だったと思うが・・・
この「黄河」が氾濫して“東大社”近くの村人250人が取り残されたことがある。
そのため、日本軍の機動歩兵第3連隊に救出命令が出て、この村人を救ったのだが・・・
この時に、「関沢兵長」という人が救出作業中に水死してしまった。
村人はこの日本兵のために自費で慰霊碑を建立した。
「へぇ〜そういう話があるの?」と比留間さん。
あれ?ご存じない?
「で、今もその慰霊碑はあるのかい?」
「いや、東大社という村も慰霊碑も今は消滅しているそうですよ。ねぇ、ガイドさん?」
ガイドの話ではそういう名前の村は今は存在していないという。
それは昨年来た時に確認済みである。
中国共産党が中国を支配したらこういうことになる。
日本軍の美談も何もかもが消し去られてしまっている。

地元の漁師さん 地元の漁師さん

川岸で地元の漁師さんが釣った魚をさばいていた。

“包頭”の市内のレストランで遅い昼食をとり、市内の市場を散策して少々時間つぶしをして空港へ向かう。
空港では日本人商社マンと思われる方に会う。
ここは鉱物資源の宝庫で、ICチップなどに使われる貴重な鉱物が埋蔵されているとか。
その調査のために来ていたらしい。
へぇ〜こんな場所にねぇ〜そういう貴重な鉱物資源があるのかぁ〜

夕方4時45分発の国内線で“北京”に向かう。

“北京”に到着して真っ直ぐ市内のレストランへ行き夕食。
意外にもレストランは日本から来た修学旅行生で一杯!
へぇ〜修学旅行で中国に来るんだぁ〜
団員の一人が生徒の一人に尋ねたところ、鳥取から来たという。
中学生か高校生かは知らないが・・・

我々は同じ会場の隅っこのテーブル2つを使って夕食。
ふと・・・目をやると・・・
先生達らしきテーブルにはビールが並んでいる。
我が団員の中から「先生が生徒の前で酒なんか飲んでいいのか!」という声が上がった。
「写真を撮って教育委員会に送ったほうがいいんじゃないか?」との声も上がる。
“先生方”は、ほろ酔い加減でワイワイやっている。
生徒よりもうるさい。
教師があんな調子じゃまともな生徒が育つわけはないよなぁ〜
突然“先生方”のテーブルで「ハッピバースデ〜ツゥ〜ユ〜」の歌が・・・
「ここは貸切じゃねぇぞ!」の声が我が団員から上がったが・・・
無視!
生徒達が大拍手をしたから、こいつらは間違いなく修学旅行関係者。
最初はガイド達かとも思ったが、この中の誰かが誕生日だからといって一斉に生徒達が拍手を送るだろうか?
やっぱり・・・こいつらは教師だな・・・

まもなく・・・生徒達がゾロゾロと退席。
どうもホテルに戻ったようなのだが・・・
なんと!
この“先生方”は残って酒を飲んでいるのである!
生徒達が帰った後も30分近くも残って酒を飲んでいるのである!
いったい誰が生徒を引率して店を出たのだろうか?
事故でも起こったらどう言い訳をするつもりなのだろうか?
夕食とはいえ職務中だぞ!

さすがに我がテーブルからブーイング・・・
しかし、この方々は意に介さない。
平気でワイワイやっている。
そんな馬鹿な〜
「おい、誰か説教しに行ったほうがいいんじゃないか?」という声が上がったが・・・
「私が言ってもいいですが・・・喧嘩になりますけど、いいですか?」と確認したら誰も返事をしない。(笑)
じゃぁ、駄目だ。
酔っている連中と関わる場合は喧嘩になることを前提にせねばならぬ。

私はこれでも教員免状を持っている。
しかし、教師にはならなかったのは、こういう連中と同じ職場では働きたくなかったからである。
私には教育に対する「こだわり」がある。
修学旅行中に生徒の前で酒を飲むなど言語道断!(怒)

我がテーブルでブツブツ文句を言っていたのに気がついたのか・・・
“先生方”は突然立ち上がりそそくさと帰り始めた。
「あれ?日本人の方ですか?イェ〜イ!」
「おい、酒なんか飲んでいいのか?」と団員の一人が言ったが返事をしない。
話をそらして「誕生日なんですよ!誕生日なんですよ!」を連呼。
思わず後ろから蹴りを入れてやろうかと思ったが・・・・(笑)
我慢、我慢・・・
こちらは団体だからねぇ〜
個人旅行じゃないから、事件を起こせば団長や団員に迷惑をかけてしまう。
結構、私も大人になったもんだ・・・(笑)

我が団員は全国各地から集まっているので、それぞれの学校の“先生方”の出来の悪さの暴露話でしばらくは盛り上がったが、溜飲は下がらぬまま。
我がテーブルでは不愉快な思いでムカムカしながらの食事となってしまった。
中国最後の夜の食事がこんな結果となるとは・・・・


  


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