平成26年11月14日

梅津福次郎 うめづ・ふくじろう

安政5年2月4日(1858年3月18日)~昭和17年(1942年)6月23日

茨城県常陸太田市・梅津会館(郷土資料館本館)でお会いしました。







 梅津福次郎翁像
 (茨城県常陸太田市・梅津会館)





(平成26年11月14日)

翁安政五年戌年太田郷下井戸ニ生ル
明治十三年二十三歳ノ青春ヲ以壮圖北海道ニ渡リ水産商ヲ営ミ函館ニ永住シ遂ニ效ス
曩ヒ當町郊外名刹久昌寺改築ノ為金六万五千圓ヲ寄進シ又太田高等女學校建立費ノ中ニ壹萬圓
若宮八幡宮社務所建築ニ金参千圓ヲ寄贈セラル

(右側銘板碑文より)

建築ノ壮美ナレト否トハ直ニ其ノ市其ノ町ノ威容如何ニ関ス
太田町役場ノ改築ニ迫ラルゝ
郷土出身ノ翁展墓ノ為歸郷セラレ奮其ノ改築費總額ヲ負擔セシコトヲ望マレ翁ノ郷土愛モ亦盛ナリト云フベシ
當町ハ茲ニ感謝ノ意ヲ表セシガ為ニ町會一致翁ノ像ヲ鋳聊其ノ徳ニ酬ユ

昭和十一年三月 町長武藤常介

(左側銘板碑文より)






 梅津会館
 (茨城県常陸太田市西二町2186)





(平成26年11月14日)

登録有形文化財
梅津会館
(平成11年8月23日登録)

梅津会館は、昭和11年に当時の太田町役場として建築された。
外観はタイル貼りで、南東角に角塔を持ち、正面に大アーチの車寄を張出した本格的な庁舎建築である。
この建物は、常陸太田市出身で23歳のときに北海道函館に渡って海産物問屋を営み、その誠実な人柄と持ち前の商才から大成功をした梅津福次郎からの3万5千円の寄付で建てられた。
福次郎は故郷への恩返しを忘れず、大正末期から昭和初期にかけて、この梅津会館をはじめ、久昌寺、太田高等女学校(現県立太田第二高等学校)、西山修養道場(現西山研修所)、若宮八幡宮などに寄付をし、事業の援助を行った。
昭和53年まで常陸太田市役所として利用された後は、梅津福次郎の徳に因んで梅津会館と改称し、内部を改装して郷土資料館として活用している。

常陸太田市教育委員会

(説明板より)




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