平成20年4月14日

ヴォーリズ Wiliam Merrell Vories (ウィリアム・メレル・ヴォーリズ)

1880年10月28日〜1964年5月7日

滋賀県近江八幡市でお会いしました。


カンザス州生れのアメリカ人。
明治38年(1905年)滋賀県立八幡はちまん商業学校教師として来日。
明治43年(1910年)吉田悦蔵らと近江基督教伝道団(のちの近江兄弟社)を設立、医療事業を中心に伝道。
メンソレータムの販売や学園経営、また建築事務所を経営し、キリスト教関係の建築を行なう。
一柳満喜子と結婚し帰化。
日本名は一柳米来留ひとつやなぎ・めれる


ヴォーリズ像



ヴォーリズ像
(滋賀県近江八幡市大杉町・明治橋近く)





(平成20年4月14日)
ヴォーリズ像



ヴォーリズ像
(滋賀県近江八幡市大杉町・明治橋近く)





(平成20年4月14日)

名誉市民ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、1880年(明治13年)10月28日、米国カンザス州レブンワース市に生まれた。
両親の感化により信仰心の厚かった彼は、1905年(明治38年)2月、24歳のとき、国際YMCAから日本の近江八幡に遣わされた。
以来、1964年(昭和39年)83歳で亡くなるまでこの地を去ることなく、キリスト教精神に支えられた、愛に満ちた理想社会実現のため、彼を慕う多くの人々と力を合わせて、医療や教育事業を進め、建築に卓越した手腕を発揮し、キリスト教を伝道し、福祉や文化を高めるなど、多彩な社会貢献活動を展開した。
そして、これらの活動を経済的に支えるため、建築設計会社をはじめメンソレータム(現メンターム)で有名な製薬会社を興し、企業家としても大いなる成功を収めた。
外観よりも内容を重視したヴォーリズの西洋風建築は、大丸心斎橋百貨店や関西学院大学をはじめ、住宅、教会など国内外に1600にも及んだ。
多くの協力者とともに成し得た数々の偉大な事業とその精神は、今もなお引き継がれ、近江八幡市民に広く深く息づいており、その評価は衰えることなくますます強く私たちにその人となりを慕わせずにはおかない。
「世界の中心は近江八幡にあり」と唱え、すべての人が幸せになれるまちづくりを目指した彼の足跡を、かけがえのない宝として近江八幡市民の名において永遠に顕彰するため、ここ「ヴォーリズ創めの家」ゆかりの地に記念の像を建立し、これからの郷土づくりの糧にしていきたい。

1999年5月
近江八幡市

(碑文より)


旧八幡郵便局


旧八幡郵便局

(滋賀県近江八幡市仲屋町中8)

大正10年(1921年)竣工
昭和35年(1960年)まで郵便局として使用された。



(平成20年4月14日)
旧八幡郵便局



旧八幡郵便局

(滋賀県近江八幡市仲屋町中8)





(平成20年4月14日)

旧YMCA会館



旧YMCA会館(現:アンドリュース記念館)

(滋賀県近江八幡市為心町中31)

明治40年(1907年)竣工。



(平成20年4月14日)
旧YMCA会館



旧YMCA会館(現:アンドリュース記念館)

(滋賀県近江八幡市為心町中31)





(平成20年4月14日)

アンドリュース記念館

ヴォーリズ建築第一号

当会館は、近江兄弟社創立者ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(日本名一柳米来留ひとつやなぎめれる)氏(1880.10.28〜1964.5.7)の大学時代の親友であり、ヴォーリズ氏に導かれてキリスト教信者となり、やがて間もなく若くして召天されたハーバート・アンドリュース家より送られた資金を基に、ヴォーリズ氏が、貯蓄金全てを捧げて、自ら設計し、1907(明治40)年2月10日に竣工したヴォーリズ建築第一号の建物です。
土地については、西 幸次郎氏、千貫 久次郎氏が提供してくれたものであります。
会館は、アンドリュース氏を記念して、「ハーバート・アンドリュース記念近江八幡基督教青年会館(YMCA)」と称していましたが、今後はアンドリュース記念館と呼称。
1935(昭和10)年6月15日に、最初に建物が建った位置から12m隣接の現在地に移築しました。
会館に存する記念室は祈りの部屋と呼ばれ、ヴォーリズ氏が住んでいた、ひと続きの書斎と暖炉のある小部屋は、当時のままを保存しております。

社団法人近江八幡観光物産協会

(説明板より)


今津ヴォーリズ資料館 今津ヴォーリズ資料館
(滋賀県高島市今津町今津175番地)

入館料:無料
休館日:月曜・年末年始
開館時間:午前9時〜午後5時

内部は資料のパネル展示のみ
喫茶コーナーがメインになっていました。

(平成17年4月10日)

今津ヴォーリズ資料館

ヴォーリズ建築事務所の設計によって、大正12年(1923)、旧百卅三銀行(現在の滋賀銀行)今津支店として建てられました。
昭和53年に銀行が移転した後は、今津町が買い取り、町立図書館として平成13年まで利用されました。
約10メートル四方、鉄筋コンクリート造りの2階建てで、外壁にはレンガを二重に積んではめこんで構築してあります。
様式は、同時期の銀行建築によくみられる西洋古典建築様式を継承した意匠でまとめられ、正面中央の玄関をはさむ2本の柱には略式のトスカナ式柱頭をつけ両側を壁柱としています。
長年の使用の間に増改築が重ねられてきましたが、町立図書館の移転後、ほぼ建設当初の姿に修復され、平成15年4月、今津ヴォーリズ資料館として開館しました。
平成15年、登録有形文化財に指定されました。

(説明板より)

説明板の写真 説明板の写真より

ヴォーリズの年譜

和暦 西暦 できごと 主要作品
明治13 1880 米国カンザス州レブンワースに生れる  
37 1904 コロラド大学(哲学科)卒業
38 1905 来日し、滋賀県立商業学校教師となる
40 1907 滋賀県立商業学校教師解任される 近江八幡YMCA会館
41 1908 建築設計監督事務所を始める  
43 1910 ヴォーリズ合名会社設立 福島教会・福島
44 1911 近江ミッションを設立  
45 1912 軽井沢夏期事務所を開設
大正 2 1913   近江ミッション住宅
京都幸町教会
1915 東京事務所を開設  
1916   明治学院礼拝堂
1918 軽井沢ユニオン教会
1919 一柳満喜子と結婚  
1920 ヴォーリズ建築事務所を開設 同志社啓明館
10 1921 大阪事務所を開設  
11 1922 メンソレータムの販売事業が本格化する 大阪教会
12 1923 著書『吾家の設計』を刊行 百卅三銀行今津支店
13 1924 著書『吾家の設備』を刊行  
14 1925   九州学院チャペル
大同生命ビルディング
15 1926 八尾政・東華菜館
軽井沢集会堂
昭和 2 1927 駒井邸・京都
1929 神戸ユニオン教会
関西学院
1930 母校のコロラド大学より名誉法学博士学位を受ける  
1931   ヴォーリズ邸(一柳記念館)
1932 同志社アーモスト館
1933 近江家政塾を創立 今津教会
大丸心斎橋店
1934 近江ミッションを近江兄弟社と改称 今津郵便局
神戸女学院
12 1937 建築作品集『ヴォーリズ建築事務所作品集』刊行 豊郷小学校
16 1941 日本国籍を得て、一柳米来留と改名
戦時中は軽井沢に疎開
 
32 1957 クモ膜下出血で倒れ療養生活に入る
33 1958 近江八幡名誉市民第1号に推挙される
36 1961 株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所を設立
39 1964 一柳米来留永眠

ヴォーリズの建築

教会
ヴォーリズは、明治38年(1905年)にキリスト教伝道の志を抱いて、滋賀県立商業学校(現八幡商業高等学校)の英語教師に着任しました。
来日2年後に英語教師を解任となったヴォーリズは、学生時代に習った建築設計技術を活かし、後にヴォーリズ建築の中では、教会やYMCA施設などキリスト教関係の建築物が非常に多く、東京、大阪、京都、神戸など全国に及んでいます。
滋賀県でも多くのキリスト教関係の建築物が残されていて、中でも今津教会、堅田教会、水口教会などが有名です。

病院
ヴォーリズはアメリカ人、ミス・ツッカーの寄付をもとに、大正7年(1918年)に、当時不治の病と言われていた結核患者のための近江療養院(サナトリアム)を開設しています。
今津町ではヴォーリズの精神を受け継ぐ人々によって昭和27年(1952年)、市ヶ崎に愛隣園診療所が開設さあれました。

幼稚園等
ヴォーリズは満喜子夫人と共に幼稚園や保育園、学校の設立にも力を尽くしました。
またヴォーリズの弟子でもある吉田悦蔵は、昭和8年(1933年)に女性教育のために「近江勤労女学校」(後の「近江兄弟社女学校」)を創立しています。
昭和12年(1937年)近江兄弟社にヘレン・ケラー女史が来校するなど、ヴォーリズの活動と人脈の広さがうかがえます。

(今津ヴォーリズ資料館のパンフレットより)


今津教会会堂

今津教会会堂(今津基督教会館)
(滋賀県高島市今津町)

現在は日本基督教団今津教会、今津幼稚園として使用されています。
今津幼稚園は昭和7年(1932)に創立されました。


(平成17年4月10日)

今津教会会堂

ヴォーリズ建築事務所の設計によって、昭和9年(1934)、日本基督教団今津教会会堂として建てられました。
大正11年(1922)、この会堂の裏手に今津基督教会館が建てられ、昭和7年にはそこに保育園が設けられました。
会堂は、切妻造の正面間口は約8メートル、建物の奥行は約15メートルで、正面に玄関を突出させ、頂部には方形屋根の鐘塔があげられています。
内部は、中央に礼拝堂、玄関の両側に事務室と読書室を配し、講壇の両側にも教室があります。
外壁に使われる白壁やレンガ、また内部のチューダー様式の装飾などは、ヴォーリズ建築の特徴といえる日本の景観に溶け込んだ西洋建築を造りあげています。
平成15年、登録有形文化財に指定されました。

(説明板より)

説明板の写真 説明板の写真

旧今津郵便局 旧今津郵便局
(滋賀県高島市今津町)

旧今津郵便局

ヴォーリズ建築事務所の設計によって、昭和11年(1936)に、今津郵便局舎として建てられました。
昭和53年に現在の今津郵便局に移転するまで使用され、当初はここで電話交換事務も行なわれていました。
建設当時の図面によると、1階東側には電報受付窓口や電信台が置かれていました。
切妻造り、妻入りで正面中央の玄関をややつきだし、入り口の半円アーチをタイルで縁取りし、コテージ風の意匠を取り入れてあります。
近年までは、本館の東側に細長い作業棟があって、通路の前面には両棟をつなぐ瓦葺の門扉がありました。
なお、この局舎が完成する以前の今津郵便局は、ここから東へ5軒目の場所に建てられていました。

(説明板より)

説明板の写真 説明板の写真

 (関連商品のご紹介)



 トップページに戻る   銅像のリストに戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送