和歌山県護国神社

和歌山県和歌山市一番丁3番地


和歌山県護国神社 平成19年4月13日

御祭神

明治戊辰の役以降、大東亜戦争に至る迄の国難に殉じられた本県出身の神霊36,669柱命。

御由緒

【招魂祭】
明治戊辰の役以来、国家のため散華され、靖国神社に合祀された本県出身の戦没者を祭祀するため、招魂祭が執り行われていた。
その第1回は、明治13年9月24日で以来、年1回天妃山(和歌山市岡公園内)で明治28年まで続けられたようである。
明治29年以降は、和歌山県尚武会主催の下に、和歌山県知事が祭主となり、和歌山城内砂之丸において毎年5月4日、5日の両日、臨時祭壇を設けて神式並びに佛式により招魂祭が執行されて来た。

【招魂社】
昭和3年に入り和歌山県招魂社建設期成会が発足、和歌山市より敷地の譲渡をうけて現在地に招魂社が創建された。
時に昭和12年6月11日。
社殿 木造流れ造 本殿4.8、祝詞殿3.8、拝殿27.2、神饌所4.0、祭器庫3.8、計43.6坪。
社務所 社殿に隣接して木造平家1棟34.6坪。
昭和14年4月1日、内務省令により和歌山県護国神社と改稱、内務大臣指定神社となる。
同年5月3日、鎮座祭が斎行された。
同20年7月9日、和歌山市大空襲により社務所が焼失したが、社殿は災禍を免れた。
同22年 社務所建設。元の地に木造平家1棟13坪。
同28年6月 宗教法人法施行により宗教法人和歌山県護国神社となる。
同37年5月24日、昭和天皇、皇后両陛下御親拝。

【御再建】
昭和62年11月17日、不審火により社殿焼失。
同63年5月21日、和歌山県護国神社再建奉賛会発足。
平成2年11月24日、地鎮祭斎行・建設工事着手。
同4年3月29日、竣工奉祝祭斎行。

【新社殿の概要】
鉄筋コンクリート造・流れ造・延面積48.7坪(本殿4、祝詞殿8.2、拝殿29.5、神饌所、祭器庫各3.5坪)

社殿



社殿







(平成19年4月13日)
記念碑

和歌山県護国神社境内改修30周年
記念碑

われわれは戦争の悲惨を身をもって知る
日本の恒久平和を願い子々孫々の繁栄を祈る

和歌山市傷痍軍人会


(平成19年4月13日)

碑文

昭和20年7月9日夜本市は敵機の大爆撃を受け和歌山城初め全市は一夜にして焼土と化した
敗戦後当神社境内は十余年に亘り荒れるに任せられた
我々傷痍軍人はこの姿を見るに偲びず会員並びに一般の浄財を募り昭和31年改修を初め1年半の歳月をかけ境内全域を改修し10年生桜120株を植し以来二回に亘り修復を行い神社の姿は一新され今日に至っている
来る春ごと乱れ咲く桜の花は永久に英霊を慰めてくれる事でしょう
改修30周年を偲びこの碑を建てる

昭和61年11月3日

天皇皇后両陛下御親拝記念碑




天皇皇后両陛下御親拝記念碑






(平成19年4月13日)

陸軍少年飛行兵・『空』の碑
満蒙開拓青少年義勇軍・顕彰碑
歩兵第230連隊・『魂』の碑
海軍飛行予科練習生・『あゝ予科練』の碑
歩兵第218連隊・『礎』の碑
歩兵第61連隊・『鎮魂』の碑

慰霊碑・記念碑群




慰霊碑・記念碑群






(平成19年4月13日)

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