増誉上人像 平成18年4月15日

増誉上人長円 ぞうよしょうにんちょうえん

?〜天正8年12月20日(1581年1月24日)

静岡県沼津市・千本浜公園(千本松原)でお会いしました。


増誉上人の像



増誉上人の像

(静岡県沼津市・千本松原)





(平成18年4月15日)

増誉上人の像

この松原は、天文てんぶん6年(1537)頃、駿河の今川・甲斐の武田と伊豆の後北条との戦いで無惨むざんにも伐り払われてしまいました。
そこへ、一人の旅の僧がやって来ました。
増誉上人長円です。
潮風の害を受けて困窮していた住民をみた長円は、人々を救うために、経文きょうもんを唱えながら、何年もかかって千本の松苗を植えました。
いまの千本松原はこうしてできたもので、増誉上人長円は千本山乗運寺の開祖です。
この増誉上人像は、昭和44年(1969)「増誉上人顕彰会」が沼津市民から浄財を募り建立したもので、千本浜公園のシンボルとして親しまれ敬われてきましたが、平成16年(2004)12月の強風で折れた松の大木が倒れかかり、像は大破してしまいました。
像誉上人像の復元を願う多くの人々から浄財が寄せられ、ここに修復が成りました。
千本松原は、天下の名勝として広く知られていますが、増誉上人に感謝の心を表すとともに、この松原をいつまでも大切に愛護したいと思います。

平成17年9月10日
増誉上人像修復発起人会
像の製作者 和田金剛
像の修復者 下山 f

歌碑 歌碑

増誉上人像 平成18年4月15日

静岡県沼津市・乗運寺でお会いしました。

増誉上人像



増誉上人の像

(静岡県沼津市・乗運寺)





(平成18年4月15日)

増譽上人

当山の開山増譽上人長円は、比叡山延暦寺阿闍梨乗運公の弟で、山城国に生まれ、知恩院にて学を修めたのち、諸国を行脚し当地に至ると、海岸の松原が戦乱により荒廃し、住民は潮風の害を受け苦しんでいました。
上人は、松原の復元を発願し、松苗を一本植えるごとに阿弥陀経を誦し、辛苦の末ついに一千本の松を植える悲願を達成しました。
これが今日の千本松原の基となり、人々は増譽上人の徳業に感謝し庵を建立しました。
天文6年(1537)千本山乗運寺の草創です。
天正8年(1580)12月20日遷化
享年89歳

故杉村守彦氏(東洋電産(株)社長)は、予てより当山開基増譽上人の顕彰を念願していたが、祖父山本半九の百回忌に当り増譽上人像の制作を発願された。
氏が平成7年2月27日に逝去された後、東洋電産(株)(社長杉村光一郎)は、その遺志を継承し、増譽上人像を完成し、当山に寄贈されたものである。

平成9年11月8日
千本山 乗運寺

制作 武蔵野美術大学 揖 義明
鋳造 東洋電産株式会社

(副碑より)

乗運寺



千本山 乗運寺
(静岡県沼津市字出口町335)





(平成18年4月15日)


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