石谷董九郎 いしがや・とうくろう

天保10年(1840年)〜明治41年(1908年)


顕彰碑



顕彰碑

(鳥取市東町3丁目・県立博物館の近く)




(平成16年11月19日)

石谷董九郎いしがやとうくろう顕彰碑

この石碑は、大正11年郷土の偉人”石谷董九郎”の業績と遺徳をたたえて、地元有志の人々によって建立されたものである。
石谷董九郎(天保11〜明治41年)は、岩美郡岩美町恩地の大庄屋石谷藤四郎の長男として生まれた。
明治に入って彼は、戸長・小区長・岩美郡長から県会議員を経て、明治27年には衆議院議員となり国政に参画した。
この間に、中断していた山陰本線敷設の再開に尽力し、更に鳥取農工銀行を設立しその頭取として活躍した。
また、同39年本県最初の鳥取電灯会社を創立し、翌年には、皇太子山陰行啓の宿泊所となった「仁風閣」をはじめ、市内にはじめて電灯をつけるなど、実業界での業績も大きく郷土の発展の原動力となった人である。

(説明板より)



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