川島浪速 かわしま・なにわ

慶応元年12月7日(1866年1月23日)〜昭和24年(1949年)6月14日


信濃国生まれ。
中国語を学び、日清戦争・義和団の乱に陸軍の通訳官として従軍。
明治34年(1901年)清朝の依頼により北京に警務学堂を創設し、警察官の養成にあたる。
大正元年(1912年)辛亥しんがい革命により清朝が滅ぶと、粛しゅく親王の旅順脱出に協力。
同年の第一次、大正5年(1916年)の第二次満蒙独立運動を展開して満蒙の独立を主張し続けた。
粛親王の王女・顕けんシ〔王偏に子〕を養女として川島芳子と名乗らせた。


川島浪速の墓


国士 川島浪速墓
  同婦人 福子
  同女  芳子
(長野県松本市・正麟寺)




(平成20年10月25日)
正麟寺



正麟寺

(長野県松本市蟻ヶ崎4−10−1)





(平成20年10月25日)


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