小泉八雲記念館

島根県松江市奥谷町322


小泉八雲記念館 平成16年11月20日

沿革

昭和8年(1933)11月29日開館
昭和2年、遺族から八雲遺愛の文机、椅子などが松江市に寄贈された。
そして、昭和8年には東京帝国大学の市河三喜博士らの尽力で全国的な八雲記念会がうまれ、八雲の顕彰事業として松江市に記念館を建設することを決め、遺品、史料の収集と建設資金の募集にあたった。
全国から寄せられた寄付金約6,500円で八雲旧居の隣接地に建設、開館され、翌年2月松江市に寄贈され今日に至っている。
平成2年には八雲来日来松100周年にあたることから、松江市において「小泉八雲来日百年記念フェスティバル」が開催され、内外の研究家・愛好家が一堂に会した。
同時にヘルン旧居前の塩見縄手広場に八雲の胸像が建立された。

建物

旧記念館は、ドイツのワイマールにあるゲーテ記念館を模した山口蚊象(文象)氏設計による洋風建築であったが、現記念館は、伝統美観保存指定地区のため木造平屋和風造り(一部鉄筋土蔵造り)として昭和59年に改築されたもので、常設展示室、書斎、企画展示室などを備えている。
敷地面積 452.6㎡
床面積 162.3㎡

収蔵品

(リーフレットより)

遺髪塔



遺髪塔
(小泉八雲記念館敷地内)




(平成16年11月20日)

遺髪塔

昭和46年、八雲の三男、故清氏のアトリエで八雲の遺髪がみつかった。
これは、セツ夫人の筆蹟でうわがきがあり、八雲の研究家であった太田三郎博士も八雲のものに間違いないとのことで、遺族によって故地松江にもたらされ、この塔のなかに安置した。
塔のかたちは、八雲が特に興味をもっていた古式五輪塔を模したもので、八雲は「知られぬ日本の面影」などに、これを愛情をもってくわしく記している。

(説明板より)

八雲忌

八雲は、明治37年(1904年)9月26日夕、7時頃突然狭心症で倒れ、そのまま波乱に富んだ54歳の生涯を閉じました。
死の数時間前、日露戦争出征中の教え子、藤崎八三郎大尉に書いた慰問の手紙が絶筆となりました。(館内展示)
法名「正覚院殿浄華八雲居士」墓は東京の雑司ヶ谷墓地にあります。
現在松江においては、命日の前後に八雲の業績を称えるため「八雲忌全国俳句大会」「ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」「小泉八雲を読む―感想文募集」などが行なわれています。

(説明板より)


小泉八雲・松江
[和英対訳] 監修:小泉凡 編集・発行(社)松江観光協会
平成13年第4版第2刷発行 定価1,260円(本体1,200円)

案内

開館時間
4月1日から9月30日
午前8時30分~午後6時30分
10月1日から3月31日
午前8時30分~午後5時
年中無休




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