3.ディソンさん宅を訪問

(アンヘレス)


平成25年(2013年)2月7日・3日目

今日は、車を1台チャーターして動くことにする。
その都度、タクシーを利用するより、チャーターしたほうが、結果的には時間の節約にもつながる。
金額も大して差がないようなので、チャーターすることにした。
予定としては、今日は半日位で用事が済むだろうから・・・

午前9時、朝食をとった後チェックアウト・・・
クラーク経済特別区内にある、マバラカットの観光局の事務所に向かう。
で・・・今日チャーターしたドライバー君・・・やっぱり敷地内で道に迷った・・・(大笑)
どうにかなりませんかねぇ~・・・これ・・・(涙)

確か、クラーク博物館の前を通過して少し行ったところにあると“フクダさん”から聞いていたのだが・・・
ステラさんは、ホテルの人に教えてもらったルートをドライバーに伝えたらしいが、道に迷った・・・(汗)
実際に到着してみたら・・・ほら・・・クラーク博物館の前を通ったほうが半分くらいの距離で済んでたじゃない!
思いっきり遠回りをしていたのである。(大笑)
誰だ?この道順を教えたのは・・・

駐車場に車を入れた途端に、後から隣りに車が入って来た。
彼が観光局長の“ガイさん”だった。
事務所でコーヒーをいただきながらおしゃべりとなる。

彼が言うには、外に出かけたが、ふと、誰かが事務所に来るような霊感(?)を感じたので戻って来たという。
(・・・と、ステラさんが私に通訳・・・)(苦笑)
そんな、馬鹿な・・・(唖然)
昨日、博物館の館長から9時過ぎに我々が訪問するという話が届いているはずだが・・・
まぁ、フィリピンは、こんなものなのだろう。(笑)

彼から「ところで、何を知りたくて来たのですか?」と尋ねられたのには参った・・・(汗)
私は、別に何か用事があって来たわけではない。
博物館の館長が紹介するからとアポを取ったので来たまでのことで・・・・
いわば、表敬訪問である。
ステラさんが助け舟を出してくれて、彼女から、私の今まで活動してきたことや、今回、博物館の展示品について協力したことなどを話してくれた。
こういうところは彼女は機転が利く。
で・・・彼女はいつも私のガイドを務めてくれているので、私の考えや活動も、改めて私から説明しないでもわかってくれているので、勝手に話をしてくれる。
こういう時に、同一ガイドを使い続けるメリットが出る。(喜)

話のついでに、偶然にも共通の知人の名が出てきた。
地元在住の日本人、“ナカムラさん”である。
この人は、この地区ではかなり顔が利く日本人だそうである。
“ガイさん”は彼とは兄弟のような付き合いを、もう20年ぐらいしていて、「私は彼の弟分なのだ」と言う。
私の方は、日本兵の遺骨収集の問題で、“ナカムラさん”とは、マニラで1回、東京で2回ほど、話し合いをした仲である。
と・・・“ガイさん”が携帯電話をいじり出した・・・
ん?何だと思ったら“ナカムラさん”に電話をかけたようで、「ミスター・スズキが来ているんだけど・・・」と話している。(笑)
電話をかわったら開口一番・・・
「鈴木さん!なんでそこにいるの!(笑)僕が“ガイ”をあなたに紹介しようと思っていたのに!」

事後承諾のようになってしまったが、今回の経緯を簡単に説明する。
“ナカムラさん”はちょうど東京にいるそうで、フィリピンと東京を行ったり来たりしていると言う。
それじゃ、帰国後、機会があったら会って、色々話をしましょうということで話をまとめる。
“ナカムラさん”に紹介してもらう前に直接“ガイさん”に会うことになり、彼の顔を潰すことになっちゃったかなぁ~(汗)

電話を終えたところで、“ガイさん”から要望が・・・
マバラカットの観光リーフレットは英文なのだが、結構、日本人がこのリーフレットを持っていくそうで・・・
(多分、特攻隊の慰霊などに来る日本人だろう)
英文ではわからないだろうから、これを日本語に訳してくれまいか・・・と言う。(汗)
と・・・ステラさんが、「スズキさんならやってくれますよ」と答えちゃった!(唖然)
「うそ・・・俺、英語ダメだよ」(笑)
「大丈夫!大丈夫!出来ますって!」(笑)
というわけで・・・新たな「お仕事」が・・・・(大涙)
「日本語に訳したものをリーフレットに挟んで、日本人には配りたいと思う」と“ガイさん”・・・
はい、はい、もう、こうなったらやるしかないか・・・(大笑)
責任重大であるが・・・・
次回、訪問時までに和訳して持参する約束をする。

“ガイさん”の事務所を辞して、クラーク博物館に立ち寄り、館長に報告・・・・
昨日渡しておいたプレートは職員に設置するよう頼んであると言うので、その職員に会い、設置方法について簡単に打ち合わせをする。
その後、館長さんと一緒に、今度は画家で歴史家、特に神風特攻隊の顕彰に尽力している“ディゾンさん”に会いに行く事になる。
館長が、“ディゾンさん”を是非直接紹介したいからとアポを取っていたのである。

助手席にステラさん・・・
後部座席に館長と私・・・というわけで・・・
否応無しに館長とは英会話をすることとなる。(大汗)
“ディゾンさん”のご自宅は、ここから離れているので、その間、ずっと車中でおしゃべり・・・
最初は快調だったが・・・途中から頭がオーバーヒートしてシドロモドロである。(大笑)

苦手な英会話をしながらの移動は、かなり長い時間だったような気がしたが・・・
本当は、それほど遠くはなかったのかもしれない・・・(苦笑)
無事、ディソンさんのご自宅に到着!
ご本人がわざわざ出迎えに出てくださった。

「こちらが、日本から来たミリタリー・ヒストリアンのミスター・スズキです」などと館長が私を紹介してくださったが・・・
う~ん・・・私は、それほどの人間ではないんだけど・・・(大汗)

“ディソンさん”には、博物館に提供している日本軍の遺品の入手先などをご質問させていただく。
どうやら、全部が、クラーク周辺の山中で見つかったものらしく、戦闘直後、現地のアエタ族が収集して保管していたものを戦後に入手したらしい。

おしゃべりの中・・・ディソンさんの口から意外な人物の名前が出た・・・
栁本少佐に会ったことがあるという。
「我が家に来てくれたことがあるんですよ」と言うのである!
あらら・・・栁本少佐は我が戦友会の元会員である。
栁本少佐は、我が戦車第2師団の機動歩兵第2連隊の大隊長さんで、本隊から分かれて、このクラーク地区で戦ったが、たしか十数名を残してほぼ全滅している。
大隊長の栁本少佐は戦後奇蹟的に無事生還している。

「栁本少佐は、交通事故でお亡くなりになっていて私はお会いしたことがないのですが、奥様とは手紙のやり取りをしているんですよ」とお話したら、非常に驚かれ、「お亡くなりになっていたとは知らなかった。どうか奥様に宜しくお伝え下さい」とのこと。

私は戦車第2師団の戦友会の事務局長である。
戦車のことについて尋ねねば・・・
ここから少し離れた村で米軍と日本軍の戦車の大戦闘があったと言う。
日本の戦車が戦ったのは、この場所だけで、ここで戦車部隊は全滅したと言う。
独立戦車第8中隊(岩下部隊)のことかな?
是非、現地を見たい・・・と言う間もなく、「今度来た時に、そこに案内してあげますよ」とおっしゃってくださった。
いやぁ~ありがたい!(大喜)
次回訪問するときまでに、少しクラーク地区の戦闘について勉強しなおしておかねばならないな・・・

ディソンさんの御宅の中に「資料室」がある。
氏は神風特攻隊の慰霊顕彰を永年行なってきた方で、ご自宅に資料館を作ったそうだ。

左:クラーク博物館のイエペス館長
右:ディソンさん

ディソンさんから著書を見せてもらう。
日本語の本である。

「どうして英語の本は出版しなかったのですか?」と愚かな質問をしたら・・・(大笑)
「私の書いた本は、日本びいきの内容と受け取られてしまうので、これを英語で出版したら大変なことになるから英語では出せないよ」とディソンさんが笑った。
あらら・・・それじゃ確かにマズイかも・・・
「決して日本びいきの内容じゃないんだが、そう受け取られちゃうからねぇ~」と言う。
どういう内容なのか・・・ちょっと気になるので・・・(笑)
日本に帰ったら、是非購入して読んでみようと思う。

ディソンさんの中庭には、大型の兵器や部品が陳列されていた。

LANDING GEAR OF KAMIKAZE
ZERO FIGHTER OF FIRST KAMIKAZE
UNIT OF WW2:THE 201st AIR GROUP,
1st AIR FLEET,I.J.N. FOUND BY D.H.DIZON
NEAR 1st KAMIKAZE AIRFIELD OF WW2,1981. 
零戦の脚

九六式25ミリ機関砲? ANTI-AIRCRAFTCANNON of
ANGELES NORTH KAMIKAZE AIRFIELD.
USED FROM SEPT.1944 to JAN.1945.
九二式重機関銃
KAMIKAZE AIRFIELD
SECURITY FORCE MACHINEGUN
USED AT THE ANGELES SOUTH
KAMIKAZE AIRFIELD Ⅱ,1944~1945
九二式7.7ミリ機関銃
ルイス式(ル式/留式)
海軍陸戦隊などが使用した。

そのうち双子のお孫さんが幼稚園から帰ってきた。
ディソンさんが「うちの孫はカミカゼのことをよく知っているんですよ。私がいつも話して聞かせているからね」と笑う。
お孫さんが帰ってきた?・・・ということは・・・と、腕時計に目をやったら・・・お昼!
ちょうど12時である!
マズイ!お昼になっちゃった!(汗)
これ以上、お邪魔していては迷惑をかけてしまうので、急いで話をまとめ・・・(大汗)
では、また会いましょう!・・・ということでディソン家を辞する。


  


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