旧東奥義塾とうおうぎじゅく外人教師館

青森県弘前市大字下白銀町2−1(追手門広場)


 平成21年11月2日

旧東奥義塾外人教師館

寛政8年(1796)、津軽藩9代藩主寧親は、藩学校を「稽古館」と命名、開校しました。
やがて規模の縮小や移転があったものの、12代承昭は、新時代に対応する漢学や英学寮を設置し、東京などからも教師を招きました。
明治4年(1871)、廃藩置県で「稽古館」は津軽家の私的な施設として継続し、翌年「東奥義塾」が開学しました。
東奥義塾は、慶応義塾にならい、実学を重視して文明開化を学ぶために、外国人宣教師を招聘しょうへいしました。
レンガ積みの基礎に建つ木造二階建の建物は、前の建物が焼失したため、アメリカのメソジスト伝道本部が設計、当地の棟梁が建設に従事して、明治34年(1901)に完成したといわれています。
昭和63年に市に寄贈、復元され、平成5年に県重宝に指定されました。

建物の特徴
木造二階建(台所の土間部分は平屋建)で、延面積約280uの規模は、地方に居住した外人教師の住宅としては大きく、上下階ともに窓を多く設けた質実堅牢な仕上げとなっています。

(リーフレットより)

東奥義塾略年表
年号 西暦 事項
寛政 6 1794 学校創設を計画
    8 1796 稽古館入学式 稽古館暦創製
安政 6 1859 学問所に蘭学堂を併設
慶応 3 1867 大政奉還・王政復古
明治 2 1869 版籍奉還・津軽承昭藩知事となる
    4 1871 廃藩置県・弘前県ほか4県をおく
    5 1872 「学制」発布 東奥義塾開学許可
    6 1873 初代外人教師ウォルフ夫妻来弘
    7 1874 ジョン・イング来弘
    9 1876 明治天皇巡幸・義塾生他参加
   10 1877 義塾生5名米国インディアナ州アズベリー大学に留学
   18 1885 義塾類焼(同20年落成)
   22 1889 義塾再び出火(同23年落成・外人教師館) 弘前市制施行
   24 1891 外人教師(スワルツ・ワドマン)仙台まで大旅行
   30 1897 外人教師宅に「子守学校」を開く(アレキサンダー夫人)
   32 1899 外人教師館出火・アレキサンダー夫人焼死
   33 1900 東奥義塾弘前市へ移管 「弘前市立弘前中学東奥義塾」となる
外人教師館再建になる
   39 1906 市立図書館開館
   43 1910 市立義塾、県に移管 「青森県立弘前中学東奥義塾」となる
大正 2 1913 東奥義塾廃校
   11 1922 東奥義塾再興・開講式塾長に笹森順造着任
昭和14 1939 第二次世界大戦 時局のため全宣教師退去する
米国ミッションより建物寄贈される
   20 1945 終戦
   21 1946 日本国憲法発布
   23 1948 スイムズ・パロット来弘(戦後初の外人教師)
   24 1949 弘前大学開学
   60 1985 外人教師館 市指定文化財(建造物)となる
   63 1988 東奥義塾・石川地区に移転
   63 1988 外人教師館・弘前市に寄付される

(展示パネルより)

【東奥義塾歴代外人教師】(左より)

ウォルフ先生    Mr.C.H.Wolff   明治6年〜明治7年在職
マクレイ先生    Mr.A.C.Maclay  明治7年在職
ジョン・イング先生 Mr.John.lng    明治7年〜明治11年在職
カール先生     Mr.R.F.Kerr    明治12年〜明治13年在職
ドレーパー先生   Mr.Draper      明治19年〜明治20年在職
マッケンタフ先生  Mr.Mclntaff     明治20年〜明治21在職

書斎
寝室

 アレキサンダー家 明治31年〜明治40年在職

開館時間:午前9時〜午後6時 (喫茶室は午前10時〜午後6時)

入館料:無料

休館日:年末年始


東奥義塾跡地


津軽藩校稽古館跡地
   創設 寛政8年6月
東奥義塾跡地
   開学 明治5年11月
   移転 昭和62年12月
(青森県弘前市大字下白銀町2−1・追手門広場)


(平成21年11月2日)



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