5.桃園神社に行く

(旧台湾総督府・旧桃園神社)


 平成24年(2012年)3月12日(第4日目・最終日)

台湾旅行4日目・・・今日が最終日である。
夕方の便で帰国するので、今日は半日の行動である。

いつものように、7時モーニングコール、8時40分出発。

先ず最初に向かったのは「旧総督府」(現在の総統府)・・・
昔では考えられなかったが、館内の一部だけだが見学できるのだそうだ。
へぇ~である。
いやぁ~感激である。






旧台湾総督府(現:総統府)




(平成24年3月12日)

現地ガイドが入館の手続きをしている間、20分ほど入口で待たされる。
入口の前の“公道”で、一人のオバサンさんが垂れ幕を持って抗議活動・・・・
どうやら馬英九に対する抗議のようである。
たった一人の抗議というのも、かなり勇気がいることだと思うが・・・・
警備の“公安”たちは別に排除しようとはしない。
う~ん・・・不思議だ・・・・
我がツアー参加者はリーダーを先頭に、みなさん、そちらの方に向かい、写真を撮ったり話しかけたりしている。
大丈夫かねぇ~・・・公安にマークされちゃうんじゃないかねぇ~(苦笑)
まもなく、オバチャンは静かに立ち去っていったが・・・・あれは、一体なんだったのだろうか?

そのうち、3台の大型観光バスが到着!
日本の某スーパーマーケットの日本人観光客である。
多分、ポイントカードを集めたか、歳末のくじ引きで優待券が当ったのか・・・(笑)
そういうツアーではなかろうか?
3台のバスからドドッと中高年のオバチャン、オジチャンが降りてワイワイ騒ぎながら入場していった。

で・・・ようやく我々の番である。
首から許可証をぶら下げて入場する。

ここで、荷物の検査・・・
一応、身分証明書としてパスポートを用意しておいてくれと言われていたが、提示を求められなかった。
団体だったからだろうか?
ライターは危険物ということなのだろう、取上げられた!(汗)
で・・・ライターに番号が振られたシールを貼り、同じ番号のシールを渡される。
で・・・どうするの?このシール・・・・
言葉が通じない・・・身振り手振り・・・
どうやら手の甲に貼っておけとのことらしい。
で・・・あとで返してあげるというような身振り・・・
う~ん・・・中国語がわからんと不便である!(大汗)







旧台湾総督府






(平成24年3月12日)

館内ではボランティアガイドによるガイドをお願いしてあると現地ガイドの話。
で・・・撮影は外からのみ。
館内の撮影は禁止とのこと。

赤い服を着ている人がボランティアガイドさん

建物の入口には制服を着た警備兵がいた。
私が会釈したら、無表情のままだが、ちゃんと会釈をして応えてくれた。
それにしても、誰も彼に会釈をせず、ス~ッと目の前を横切って入っていくが、それは失礼というものではなかろうか?
ここは礼儀正しい日本人として・・・(大笑)
ちょっと会釈くらいはせねば・・・ねぇ~

館内の展示会場は1階部分の一部にある。
この建物について、歴代の台湾総督や台湾総統について、台湾の歴史について・・・などの展示がある。
ボランティアガイドのオバサンは、故意なのか、若干、台湾の歴史の中の肝心な日本との関係等をボカしていたが・・・
まぁ、これも国民党政権下ですから、ある程度はやむを得ないかと思う。(苦笑)
我がツアーの現地ガイドは、このオバサンの説明内容(特に歴史認識)に関しては、ちょっとご不満があったようで・・・
私に、こっそりと文句を言ってきた。(大笑)

中華民国総統府(旧・台湾総督府)

【建築の物語】

これまで90年以上も台湾の政治の中枢を担ってきた総統府へようこそ。
総統府は、現在「国定古蹟」として、中華民国政府に指定されています。
1919年に完成した、赤レンガ、白い壁、アーチ型門、及びギリシアの古典様式の柱を用いた中華民国総統府は、日本統治時代に台湾総督府として建造されました。

この総統府には、数多くの歴史が満ちており、建物自体にも見るべきところが多くあります。
私たちは、今回の展示を通じて、建築、総督、総統にまつわる物語、また、台湾の物語について詳しくご紹介いたしたいと思います。

初めに、この建造物が持つ様々な特徴についてご紹介するとともに、そのソフト面及びハード面の空間についてもご案内します。
そして、ほぼ同時期に建設された日本の植民地建築様式でもある、台湾総督府と朝鮮総督府とを比較します。
次いで、台湾総督府新庁舎の建築における過程や構造についてご紹介します。
そして、最後に、第二次大戦末期のアメリカ軍の空襲による損壊後、この建造物が修復され、新たな活力と姿を与えられた過程について、この展示コーナーでまとめております。

【総督の物語】
台湾はどのようにして日本の植民地になったのか。
そして、どのようにして中華民国の領土になったのか。
この展示コーナーでは、台湾が日本の植民地になった経緯や歴史をご紹介します。
下関条約の詳細な条文や、台湾総督が行った50年間の施政なっどが展示されております。
これらの展示物は、日本の南進の経緯についての貴重な資料であり、近代の台湾にも大きな影響を与えています。
第二次大戦後、中華民国は、敗戦国となった日本に台湾返還を要求し、その折衝や過程は複雑ではありましたが、結局台湾の国際法上における法的地位を確立することができました。

【総統の物語】
中華民国は、アジアにおける初めての民主共和国であり、1912年1月1日に成立しました。
この展示コーナーでは、間接選挙と直接選挙の選挙方法を中心に、歴代6人の台湾総統の物語と民主化の過程について展示しております。
その間、戒厳令の宣告と解除、国会改革、数次にわたる憲法改正があり、それらが台湾の国際的地位の変化を著しく際立たせることになりました。
主に、文物、文献、写真など、三種類の史料を相互に組み合わせることで、物語の主役の事跡に触れることができるとともに、台湾発展の歴史を理解していただけるでしょう。

【台湾の物語】
台湾海峡はおよそ1万8千年前に形成され、そのとき「台湾物語」が幕を開けました。
台湾は海に囲まれていたため、原住民たちは世界から孤絶した生活をしていました。
17世紀になると、東アジア海域に大量のジャンク船が出現するようになり、台湾に通商の機会をもたらします。
当時、台湾は重要な海上拠点であったため、多くの漢人を引きつけ、台湾へ移入させることにもなりました。
総統府1階の回廊の「台湾の物語」では、台湾本島、海洋、国際交流の成果による経済・貿易と文化、信仰と民衆、経済社会の変遷、民主化への発展などが展示されており、いきいきとした市民社会の活力を目にすることができます。

(日本語リーフレットより)
館内で撮影が許可されていたのは、この中庭部分のみ。

一応、次の予定もあるので、1時間で見終わるようにとお願いしておいたらしいが・・・
このボランティアガイドのオバサン・・・時計を見ずに・・・大したものだと思ったら、時間を全然気にしていなかった。(大笑)

館内見学は1時間の予定だったが・・・軽く30分もオーバー!(大汗)
ボランティアガイドのオバサンにお礼を言って建物を出る。
で・・・入館許可証を返しながら「俺のライターは?」と尋ねたら、警備の連中はポカァ~ン・・・・
「ライター!」
「????」
「あれ?ライターだよ、ほら、この手に付けてあるこの番号のライター!」
「????」
おいおい、ライターっていう英語が分からないのか?
ん?ライター・・・こうやって火をつけて、パァ~とタバコを吸う、ほら、こういうの・・・わかる?
身振り手振りで説明しても、警備の兵は・・・・ポカァ~ン
うそぉ~!!

まもなく別の警備員が呼ばれてきて、なにやら中国語で話をしている。
「こいつ、何を言っているのかわからないんだけど・・・」と説明しているに違いない。(大笑)
「お・れ・の・・・・ライタ~!」(笑)
・・・と言ったら、今度は分かったようである。
受け付けの場所に行けと指さされた。
お~向こうかい!じゃぁ!
と・・・敷地内を横切ろうとしたら、警備員が全員で大声を上げ騒ぎだした。
ん?なんだ?なんだ?どうした?
身振り手振りで、門の外に出てから受付場所に行けと言う。
受付場所は、直ぐ近くだし・・・ここを横切ったほうが早いんだけど・・・
無視して走り出したら、多分、この警備員達は全員上司に処罰されるんだろうなぁ~
と・・・つい、いたずら心が芽生えたが、間違いなく私は今日のうちに帰国は出来なくなるだろうからやめた。(大笑)
受付場所に戻ったら、テーブルの上にライターが並べて置いてあった。
で・・・警備員に番号を確認され、無事に返してもらう。
我が命の次に大事なライター・・・・お帰り~(大笑)

次に向かったのは「台北101」という高層ビル・・・・
といっても、このビルには登らない。
撮影できるベストポイントで停車して写真を撮るだけだという。(唖然)
私にとっては、それで充分である。
我々の目的は歴史的遺産の見学だからねぇ~
この「台北101」って、101メートルのビルだと思っていたら、そうじゃないらしい。
101階のビルなのだそうである。
そうだよなぁ~
高さ101メートルのビルなら大したことないよなぁ~(苦笑)






「台北101」




(平成24年3月12日)

その次に向かったのが桃園市にある「桃園神社」・・・・
日本統治時代の神社で、現在は「桃園県忠烈祠」となっている。

で・・・桃園市内で、バスが細い路地に入っていったが、なぜかUターン・・・・
次の路地に入るが、またもやUターンしようとしている。
で・・現地ガイドが近所の人に何か尋ねている様子・・・
ん?道に迷ったのか?
ここはどこだ?
ここで我が新兵器の登場である!(笑)
ドコモのタブレットをオン!
マップを表示してみたら・・・ちゃんと現在地が点滅している。
道路の真上・・・
おお!GPSは快調のご様子・・・
で・・・「桃園神社」って・・・どこだ?
見てみたら、ずっと先である。
おせっかいな私は、現地ガイドのところへ持って行き、タブレットを見せてあげた。
「おお!これ、すごいですねぇ~」
「でしょ?」(笑)
「どこですか?今・・・」
「この点滅しているのが現在位置、我々がここですから・・・この道を真っ直ぐ行って、次の交差点を左折して少し先に行った右側が神社ですね」
「おお!こりゃすごい!わかりました!」とドライバーに中国語で指示・・・・
タブレットのおかげで、無事に神社に到着!
ガイドさんから「いやぁ~助かったよぉ~」とお褒めの言葉を頂いた。
う~ん、ようやくこのタブレットが役に立ったぞ~(喜)
活躍の場を与えていただき、こちらこそ感謝である。

(参道)
参拝者が歩く通路の始点に「社号標」を立て、階段を登って上がり、軸線の意向が強く、鳥居に入ってからは、再び階段に上がって神門に入る。
参拝者は拝殿までしか行けない。

(石灯籠)
「献灯」と呼ばれ、氏の子及び信者が献納したものである。
夜に点灯し、よく見られるのは「石提灯」である。
対称的に参道の両側に置かれている。

(日本語説明板より)
当時の社務所だろうか?
(銅馬)
青銅で製造し、腹のところには桃園神社を意味する社紋の菊紋が彫ってあるが、磨り減っている。

(日本語説明板より)

この神社は、日本の神社そのままの状態で、“史跡”として維持されていた。

なぜか、ここにウェディングドレスを着た女性と白いタキシードを着た男性の撮影をしていた。
う~ん・・・何だろね?(笑)
結婚記念の写真撮影なのか?
それともモデルさんの撮影なのか?
どうもこういう古い建物の前での記念撮影が台湾人は好きだということを聞いたことがあるが・・・
だから古い建物を残そうという考えも出てくるのかもしれない。
いいことである。(喜)

時刻は12時半・・・・
昼食会場へ向かい・・・・昼食後、空港へ向かう。

空港では搭乗までに2時間ほど時間があった。
我々が乗るのは16時50分発、中華航空106便である。
搭乗口で待ち合わせということで一時解散・・・・
私は・・・まずはタバコだ!(大笑)
喫煙所を探して、タバコを一服・・・・
ちゃんと空港内に喫煙所があって助かった~(喜)

で・・・それでもまだ時間が余っているので、今度はカフェで読書をすることにした。
「ニ~ハォ~!」だけは中国語・・・あとは英語・・・(大笑)
コーヒーとケーキを頼む・・・・
と・・・私の後ろに、いつの間にか2人のご年配の日本人女性が・・・・
「あのね!日本円使える?ねぇ!日本円!使える?」と日本語で店員に尋ねた。
と・・・お店の女の子・・・突然流暢な日本語で「使えますよ~」と答えた。
その後は日本語でメニューの説明・・・
あれれ?
この子・・・私には最初は中国語で、次には英語で説明していたんだけど・・・
日本語が話せるんじゃないかぁ~
ん?
もしかして、私は日本人には見えなかったのか?(苦笑)
いったい、どこの国の人間だと思っていたのだろう?
気になるところである・・・・(大笑)

適当に読書をし、時間調整をして搭乗口で無事に皆さんと合流する。
参加者の一人から「いつも、あなたには殿(しんがり)を務めてもらって助かったよぉ~ありがとう」と労いの言葉をいただいた。
いやぁ~嬉しいなぁ~分かっていたんですかぁ~(喜)
どうしても、みなさんはサッサと先を急いで歩いてしまう。
そのため、この方が、ちょくちょく遅れてしまうので、私は旅行中、できるだけ殿(しんがり)を務めていたのである。
ポツンと一人だけ取り残されるのは寂しいでしょ?
二人なら・・・心細くないでしょ?(大笑)

成田到着は日本時間の午後8時45分・・・・
が・・・腕時計を、うっかり台湾時間のままにしていた。(汗)
今晩は、成田に一泊する予定。
7時半ごろの帰国なら、なんとか最終の特急に間に合うはずだが・・・・どうしてホテルなんかを取ったのだろう?
おかしい・・・
しばらくして、時計の針を1時間進めねばならんことを思い出した。
あ・・・これでは間に合わないわ~(苦笑)

スーツケースを受け取ったら、各自、自由解散・・・・
とりあえず身近なところにいた方々に挨拶して空港を出る。

今回のこのツアーは、マニアックな人が企画したマニアックな常連さんたちのツアーだったが・・・
結構、いい旅行だった・・・
“お決まり”の忠烈祠や中山記念堂や故宮博物館に行かなかったのがいい。(笑)
マニアックだからこそ行けたという場所が多かったので満足・・・
“右に傾いた”キャラは許容範囲だから、良しとしよう・・・・
“左に傾いて”いるよりはいい。(大笑)
何だかんだ言っても、企画運営した、添乗員兼ツアーリーダーには感謝である。

ホテルにチェックインして、レストランで食事をし始めてから気がついた・・・
さっき・・・機内食を食べたばかりではないか?(唖然)
夕食を2回も食べちゃった!
馬鹿である・・・・(涙)
かなり疲れているな・・・

~終わり~



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