歩兵第122連隊

(のち、南洋第1支隊に改編)

編成地 編成時期 編成時の上級部隊 終戦時の所在地
愛媛県松山 昭和15年 第65旅団 マーシャル群島
改編時期 終戦時の上級部隊
昭和18年 各島海軍部隊?

忠魂碑

歩兵第122連隊 南洋第1支隊 忠魂碑

(愛媛県松山市・愛媛県護国神社

昭和50年5月3日
歩兵第122連隊 南洋第1支隊会建之
題字 渡邉祐之介
施工 造園師 平井町 森川良雄
    重信町 横河原石材店 和田富一

(平成19年11月9日)

碑文

第65旅団歩兵第122連隊は 昭和15年8月 松山市に於て編成
同12月4日軍旗を親授された
昭和16年11月16日三津浜を出港
同23日台湾に上陸
大東亜戦争勃発するや 昭和17年1月1日 比島ルソン島に上陸
バタアン要塞攻略戦に参加
爾後北部ルソン島の戡定作戦に参加
昭和18年8月24日 マーシャル群島方面に転進のためマニラを出港
同年9月7日 クエゼリン ミレー ヤルート ウオツチエ マロエラップ 各島に上陸
各基地海軍指揮官に配属され 基地防衛の任に就く
同年12月 南海第1守備隊の生存者約300名を加え 南洋第1支隊に改編された
昭和18年11月以降 米軍の完全な制空海権下に 苛烈な砲爆撃と深刻な飢餓のもと 困苦欠乏に堪ええて 悪戦苦闘すること1年10ヶ月 能く基地固守の任務を完遂した
比島及び マーシャル群島を通じ 我が部隊戦病没者数は3千余名に上る

副碑・碑文

大東亜戦争下に 祖国の興亡を憂いつゝ 比島の山野に マーシャル群島の沙汀に 若くして散華された多くの戦友への 追悼の念は歳を重ね 世相の移り変るに従い 愈々深い
茲に 旧隊員一同相謀り 忠魂碑を建立し 不朽の功績と崇高な精神を永遠に顕彰する


フィリピン・ルソン島・バターン半島
サマット山


サマット山(Mt.Samat)

山頂には大きな十字架(展望台)が建っています。
第1次攻略戦の時に第65旅団が進撃した方向から見る。




(平成16年5月7日)
観音像とマリア像

サマット山中腹にある『慰霊碑』


日本語で「観音様とマリア様 巡礼地」という看板が掛けられています。
左が観音像、右がマリア像。
1981年に松山歩兵第122連隊と配属部隊の戦友が建立されたものです。


(平成16年5月7日)
マリア像


マリア像


元松山歩兵第122連隊同配属部隊戦友一同
建立 1981.7.24




(平成16年5月7日)
マリベレス山

マリベレス山(Nt.MARIVERES)

サマット山の南にあるギザギザの山。(サマット山頂から見る)

昭和17年4月10日に第2次攻略戦で第65旅団がこの山の山頂を占領しました。



(平成16年5月7日)

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