海防艦 天草 あまくさ


【海防艦】

英国のコルベットやフリゲート艦に相当する船団護衛艦。
駆逐艦より安価に短期間で建造された。
島の名前をとったものと番号で呼ばれるものの2種類があった。
大戦末期には大量建造された。
要目、性能表の上では決して優れた軍艦ではないがあ、補給路を敵潜水艦から守り、商船を保護するのは重要な任務であったので、戦争末期には空母の工事を中止しても海防艦の建造は促進された。
艦長は商船大学出身の予備士官である。
艦内は狭く、乗組員はインスタント教育を受けただけの水兵や下士官が多かった。
海防艦は使いやすい軍艦であったが、速力が低いのは、自分だけが高速を出して商船を置いて行くわけにはいかないからだと言われる。
今大戦では171隻のうち77隻を失った。

【天草】

択捉型海防艦。(甲型海防艦)
商船護衛及び掃海用。
占守型より10トン大きい960トン。
速力19.7ノット、4,200馬力ディーゼルエンジン。
このエンジンは22号10型と称し、伊400潜水艦や伊12級潜水艦のものと同型で、大量建造に適していた。
航続距離は内地からシンガポールへ十分行けるだけの力を持っている。
3年式12センチ砲(G砲)は「神風」「峯風」クラス駆逐艦と同型のものである。
機雷は駆逐艦と同じく36個を搭載。
「天草」は昭和20年8月9日、女川港にて英空母フォーミダブル搭載機により沈没した。

(同型艦)
択捉えとろふ、松輪、佐渡、隠岐おき、六連むつれ、壱岐いき、対馬つしま、若宮、平戸、福江、天草、満珠まんじゅ、干珠かんじゅ、笠戸の14隻。

(参考:『日本兵器総集』 月刊雑誌「丸」別冊 昭和52年発行)


大日本帝国海軍 軍艦超精密模型展
宮城県護国神社(平成21年11月9日訪問)

女川防備隊

昭和20年8月9日・10日の女川空襲の際には、女川港を母校として東京―北海道間の対空対潜警戒に当たっていた女川防備隊の艦艇が、英空母艦載機の攻撃により失われている。
同防備隊には海防艦や駆潜艇等小型の海軍艦艇の他、県内より徴用された民間の漁船等が所属しており、日々悪化する海上交通網の維持に全力で当たっていた。
尚、県内の徴用船の大部分は空襲当時、横須賀防備隊に所属変更となっていた為、幸い被害を免れることができた。

(説明板より)

海防艦 天草  1/100

昭和18年竣工(日立造船桜島)
排水量 870t
全長 77.7m
全巾 9.1m
出力 4200馬力
速力 19.7ノット
兵装 12cm3門 他

女川海軍防備隊所属
湾内で待機中、昭20・8・9 AM9:30 イギリス空母機から発進したF6Uコルセアの発射したロケット弾が右舷中央部に命中、転覆着底し71名が戦死した。
1機撃墜の記録有り。
昭21 日本サルベージが浮揚

(説明プレートより)




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