野村宗十郎像 平成20年9月15日

野村宗十郎 のむら・そうじゅうろう

安政4年5月4日(1857年5月26日)〜大正14年(1925年)4月23日

東京都目黒区・目黒不動尊でお会いしました。


野村宗十郎翁像



野村宗十郎翁像
(東京都目黒区・目黒不動尊)

昭和5年6月建立



(平成20年9月15日)

碑文

君諱宗十郎安政四年五月四日出于長崎薩摩屋敷服部氏出嗣堅邦■少入新街新■受活版術于昌造本木■明治六年入東京大学予備門■病退十二年任大蔵省銀行局員尋轉主計局二十二年■官入築地活版製造所四十年奉社長君■在社也晨■夜寐看社務遊■技■創九波■活字問■■■■■大阪博覧会九波因行乎■ム于■也大正二年官賜藍綬褒章賞■受又■活字■■■■如決■諮衆■■又省略■劃■論■可讀不可讀其■力■■於活版術也経任国語調査会委員■十二年■関東地震災■活版所帰■■氏日夜■勉■厭復興■■■■■年俄然病歿大正十四年四月二十三日也特旨叙正七位  文学博士遠藤隆吉記

昭和五年六月■浣
堀進二■像
■■■鵬 書

目黒不動尊



目黒不動尊
(東京都目黒区下目黒3−20−26)





(平成20年9月15日)

目黒不動
下目黒3−20−26

天台宗で泰叡山たいえいざん竜泉寺りゅうせんじといい、大同3年(808)に慈覚大師じかくだいしが開創したといわれています。
徳川3代将軍家光いえみつが堂塔伽藍どうとうがらんを造営し、それ以来幕府の保護があつく、江戸近郊におけるもっとも有名な参拝行楽の場所となって、明治まで繁栄をきわめました。
境内は台地の突端とったんにあり、水が湧き老樹が茂り、独鈷どっこの滝や庭の池が美しく、庶民の信仰といこいの場所でした。
壮麗をきわめた古い建物は、戦災で大半が焼失しましたが、本堂、仁王門におうもん、書院、鐘楼しょうろうなどの再建が着々と進められ、「前不動堂まえふどうどう」(都指定文化財)、「勢至堂せいしどう」(区指定文化財)は、江戸時代の仏堂建築としての面影を残しています。
また、境内には「銅像役えんの行者ぎょうじゃ倚像いぞう」「銅像大日如来だいにちにょらい坐像ざぞう」(区指定文化財)があります。
裏山一帯は、縄文時代から弥生時代までの遺跡として知られ、墓地には青木昆陽あおきこんようの墓(国の史跡)があります。

昭和61年3月
東京都目黒区教育委員会

(説明板より)




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