戦艦 武蔵


慰霊碑

戦艦武蔵比島方面戦歿者慰霊之碑

(フィリピン共和国ルソン島バグサンハン・比島寺)

戦艦武蔵戦没35周年
昭和54年10月吉日
武蔵会建之


(平成18年11月2日)

戦艦武蔵乗員戦没地

昭和19年 3月19日 パラオ島
昭和19年10月24日 シブヤン海
昭和19年11月23日 バシー海峡
昭和20年 4月24日 クラーク地区
昭和20年 4月     コレヒドール島
昭和20年 4月     マニラ港湾地区
昭和20年 4月     インファンタ地区

(碑文より)

艦長猪口敏平海軍中将始め武蔵戦歿者の御冥福をお祈りいたします

昭和54年10月29日
元武蔵副長 加藤憲吉

(副碑・碑文より)

比島寺



比島寺

(フィリピン共和国ルソン島・バグサンハン)


旅日記参照)


(平成18年11月2日)

【暗号書と稲葉少尉の最期】

「武蔵」は沈んだ。
稲葉稀一少尉(東大出身)は、退艦命令と共に海中に飛び込んだが、彼はその手に重い「呂」暗号書をしっかりと抱えていた。
背表紙の裏に太い鉛板がはいっている縦30センチ、横20センチぐらいの分厚い赤表紙の暗号書はずしりと重い。
彼はそれを小脇に抱え浮遊物につかまりながら必死になって駆逐艦「浜風」の舷側までたどりついた。
しかし舷側から垂れ下がっているロープにしがみつき、自力で這い上がることは生易しいことではない。
甲板の上から駆逐艦の乗組員たちが口々に叫んだ。
「荷物を捨てろ!そんなものを持っていては駄目だ」
しかし彼はそれでもなお暗号書をしっかりと抱えて離さなかった。

暗号書は海水につかると、その文字はすべて消えるようにできているし、手離せば鉛板の重みで海中に沈んでいく。
だが暗号書は暗号士にとってすべてであり、彼はそれを守ることに自分の生命をかけたのである。
見るに見かねた「浜風」の乗組員が、甲板からロープの先に輪を作って稲葉少尉に投げ下ろした。
こうして彼はようやく甲板上に引き揚げられた。
しかし海面に厚い層をつくった重油を飲み過ぎた稲葉少尉は、そのまま意識不明となり、やがて息が絶えた。
彼が死ぬまで離さなかった暗号書の活字はすでに真っ白に消えていた。

(参考:小島精文 著 『栗田艦隊』 1979年4月・2版発行 図書出版社)

(平成27年8月7日・追記)


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