船舶工兵第1連隊

(通称号:暁6170部隊)

編成地 編成時期 終戦時の上級部隊 終戦時の所在地
広島 昭和12年:独立工兵第6連隊
昭和17年:船舶工兵第1連隊に改称
第8方面軍 ラバウル

船舶工兵第1連隊に改称された直後の昭和17年9月、ガダルカナル上陸作戦に参加して多大な損害を蒙る。
ガダルカナル島撤退後、ラバウルで再編成。
昭和18年8月からダンピール海峡方面の輸送作戦に従事。
ラバウルで終戦を迎える。

第3中隊のみは、連隊主力と別に、ニューギニアに派遣。
マダンとシオとの間の輸送に従事。
中隊主力はマダンで船舶工兵第5連隊長の指揮下に入り、中隊の一部はシオで船舶工兵第9連隊長の指揮下に入る。
昭和19年1月、第3中隊は第1船舶団長直轄となり、ハンサに移動。
昭和19年4月、米軍がアイタペ、ホランジャに上陸。
第3中隊はハンサからウエワク、さらにソナムに後退。
ニューギニアで終戦を迎えた。





陸軍船舶工兵部隊 慰霊碑
(広島市・比治山陸軍墓地

内閣総理大臣 佐藤栄作 書

昭和41年10月16日 渦潮会 建之



(平成22年5月1日)

建碑の由来

抑〃陸軍船舶工兵部隊は昭和の初頭、広島城北、白島の地に於て創設せられた工兵第5大隊第3中隊を以て嚆矢とする
尓来上海事変より大東亜戦争の終末に至り数十の船舶工兵諸部隊の勇士は、東亜の全戦域に亘り出動し赫々たる武勲を立て、その偉功は世に冠たるものありしもその間幾多の尊き犠牲者を生じ遂に終戦の止むなきに至る
茲に終戦20周年に当り我等船舶工兵諸部隊の生存者相倚り永久に戦歿諸勇士の偉勲を称えその霊を慰めんが為め由来深き比治山「日出の台」の地を卜して碑を建立する

工兵第5大隊第3中隊
独立工兵第6聯隊
船舶工兵第1聯隊

(銘板より)





比治山陸軍墓地
(広島県広島市南区・比治山公園)





(平成22年5月1日)



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