(通称号:旭1167部隊)
編成地 | 編成時期 | 終戦時の上級部隊 | 終戦時の所在地 | |
熊本 | 昭和13年 | 第23師団 | ルソン島 |
編成後、満洲に渡りハルピンに駐屯。
昭和12年11月からハイラルに駐屯。
ハイラル駐屯中にノモンハン事件に出動し、その後、関特演に動員。
昭和19年10月、戦局の悪化したフィリピン・ルソン島に派遣されるが、途中、米潜水艦の攻撃を受けて輸送船が撃沈され多くの損害を被る。
ルソン上陸後、同島の戦闘に参加。
終戦時の兵力は当初の1割、9割(約1200名)は海没と戦闘で失う。
工兵第23聯隊 戦友之碑 (愛知県幡豆郡幡豆町・三ヶ根山頂・比島観音霊場) (平成20年4月16日) |
碑文
御冥福を祈る 合掌
昭和56年春
工二十三会
会長 武田與曽吉
外有志一同
【工兵第23連隊】
昭和19年12月12日〜29日 サンフェルナンド及びマニラ上陸
昭和19年12月30日 ボボナン集結(シソン南方)
昭和20年1月6日 陣前交通網破壊
昭和20年1月7日 カバルアン丘着
昭和20年1月15日 第1中隊は歩71へ配属、第3中隊は師団直轄
昭和20年3月10日〜4月26日 主力は歩71へ配属
一部は歩64、歩72に配属
昭和20年5月〜6月 アンブクラオ〜ポコド道路啓開
昭和20年7月〜8月 道路建設 米比討伐
昭和20年8月15日 タボイにて終戦
昭和20年9月18日 56キロ(現:52キロ)にて武装解除
(参考:村田三郎平著 『最前線爆雷製造部隊』 風媒社 1977年第1刷)
(平成23年10月24日追記)
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