大刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊


記念碑 平成19年3月28日

大刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊之記念碑(鹿児島県知覧町・特攻平和観音)

由来

大刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊(当初分教所)は昭和16年末知覧飛行場の完成を待って創立、先づ第10期少年飛行兵の教育を開始、尓後少年飛行兵、下士官学生、特別操縦見習士官等が相次で入隊、猛烈な教育訓練の下、数多の飛行機操縦者が巣立った処である。
然るに教育期間僅か2年9ヶ月にして戦局の推移と知覧飛行場の地理的戦略的関係により昭和19年9月町民の念願も空しく教育隊は解隊、その前後に隊員は京城(ソウル)を初め内外の各教育隊等に転属、後には飛行戦隊が駐留、昭和20年には遂に特攻の基地と化した。
思えば当飛行場は教育隊時代隊長はじめ教官助教学生軍属が一丸となり祖国の安寧と東洋平和建設の為熱き血を沸らせた処である。
吾々の若き日の汗の染みこんだこの地に知覧教育隊の存在した事実を後世に伝えると共に戦争の悲劇が二度と繰り返されることなく、世界の恒久平和の確立が一日も早からんことを希って、この記念の碑を建立する。

昭和60年4月7日

(碑文より)

門柱



大刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊・門柱
(鹿児島県川辺郡知覧町・特攻平和観音)





(平成19年3月28日)

由来

この門柱は、昭和16年12月この地に開校された、大刀洗陸軍飛行学校知覧分教所(のちに教育隊となった)の正門です。
終戦後昭和26年、旧知覧中学校の正門として使用されていたが、昭和56年統合により閉校になったのでここに移転復元したものです。

昭和62年12月
知覧特攻慰霊顕彰会

(説明板より)

着陸訓練施設跡



着陸訓練施設跡
(知覧特攻平和会館近くの公園)





(平成19年3月28日)
着陸訓練施設跡



着陸訓練施設跡
(知覧特攻平和会館近くの公園)





(平成19年3月28日)

着陸訓練施設跡

現在目にする飛行機の着陸は、機首をやや持ち上げ両翼の車輪を接地させてから、機首の車輪を接地させるというやりかたです。
しかし当時の飛行機は両翼と機体後方の三ヵ所に車輪がついていたため三輪とも同時に接地させる3点着陸でした。
うまく着陸できないと機体がバウンドし、機体を痛めたり、搭乗員が首を痛め鞭打むちうちになったりしました。
そのため、どのくらいの高度で3点を接地させたらよいかを訓練するための施設跡です。

(説明板より)


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