鹿児島県護国神社

鹿児島県鹿児島市草牟田2−60−7


鹿児島県護国神社 平成19年3月30日

由緒と御祭神

鹿児島縣護國神社は明治元年明治天皇の思召し金5百両御下賜。
藩主島津忠義公が鹿児島県山之口馬場町に社殿を建て、戊辰の役で戦没された人達を祀るために創建された靖献霊社に始まります。
その後明治7年官祭鹿児島招魂社となり、昭和14年鹿児島縣護國神社と改称、内務省指定神社となりました。
御祭神は現在7万7千余柱で安政の大獄以来戊辰の役、西南の役、日清・日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、支那事変、大東亜戦争等国難に際しその尊い生命を祖国の為に捧げられた鹿児島県に縁のある方々ならびに自衛官、警察官、消防関係者でその職務中に殉ぜられた鹿児島県に縁ある方々で身分、勲階、老若男女の別なく祖国郷土に生命を捧げられた尊いみたま『護國の神』として大切にお祀りされています。

縁ある主な戦役事変と御祭神柱数
安政の大獄 2柱 桜田門外の変 2柱 寺田屋の変 14柱
禁門(蛤御門)の変 7柱 生野銀山義挙 1柱 薩英戦争 5柱
筑波山義挙 1柱 三田薩摩藩邸焼討事件 43柱 戊辰の役 631柱
佐賀の役 14柱 台湾の役 4柱 熊本の変 6柱
西南の役 243柱 竹橋事変 1柱 朝鮮事変 4柱
公務死 1柱 明治23年事変(北清事変) 4柱 日清戦争 312柱
日露戦争 1,837柱 第1次世界大戦 60柱 台湾治安維持関係 108柱
満州事変 3,213柱 支那事変及び大東亜戦争 70,836柱 警察官殉職者 52柱
消防士殉職者 92柱 自衛官殉職者 104柱  
総計 77,597柱 (平成18年9月現在)

(リーフレットより)

行幸啓記念碑




天皇陛下 皇后陛下 行幸啓記念碑






(平成19年3月30日)

御親拜記

昭和47年10月第27回国民体育大会秋季大会に御来県の天皇皇后両陛下には10月21日当神社に御親拜遊ばされた
神域には県下の遺族はじめ凡7千5百名が参集して御奉迎
両陛下には「みゆき門」から入御
11時10分鳥居前で御下車野村宮司の御先導で遺族らに御会釈を賜りつつ拜殿にお進みになり御拜遊ばされた
御退下に際し奉送迎者一同が両陛下の萬歳を奉唱
両陛下にはお手を上げてこれに応えさせられご機嫌うるはしく御退下
11時20分御発還御あらせられた

昭和49年4月29日
天長祭の吉日建之

(説明板より)

さざれ石




さざれ石






(平成19年3月30日)

さざれ石の由来
岐阜県天然記念物

君が代は千代に八千代に
   さざれ石の
巖となりて
   苔のむすまで

国歌に詠われているさざれ石は学名を「石灰質角礫岩」という
これは石灰石が長い年月の間に雨水で溶解され、そのときに生じた粘着力の強い乳状液(鍾乳石と同質)が次第に小石を凝結してだんだん巨石となり河川の侵蝕作用により地表に露出したものである。

昭和58年5月29日
奉納者 岐阜県揖斐川町 小林文治
      鹿児島県郷友会

(説明碑・碑文より)

消防殉職者の碑




消防殉職者之碑






(平成19年3月30日)
鹿児島縣殉難警察官の碑




鹿児島縣殉難警察官之碑






(平成19年3月30日)

献木 歩兵第45連隊補充隊第6中隊戦友会
献木 歩兵第71連隊戦友会
一四五連隊の碑・硫黄島の碑
献木 北支派遣歩兵第225連隊
献木 歩兵第226連隊戦友会
献木 歩兵第227連隊戦友会
台湾歩兵第1連隊慰霊之碑
献木 騎兵第6連隊鹿児島戦友会
献木 山砲兵第37連隊鹿児島県戦友会
航空母艦加賀戦没者慰霊碑
海軍甲種予科練習生(甲飛生)鹿児島県出身戦没者慰霊碑
拓魂


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