川越城 かわごえじょう

埼玉県川越市郭町2丁目


川越城本丸御殿 平成17年12月11日

川越城本丸御殿
(埼玉県指定文化財)

川越城の歴史

川越城は、扇谷上杉持朝もちともが長禄元年(1457)に家臣の太田道真(資清)・道灌(資長)父子に命じて築城させたものである。
当時、持朝は古河公方くぼう足利成氏しげうじと北武蔵の覇権をめぐって攻防を繰り返しており、築城はこれに備えたものであった。
築城当初の規模は、後の本丸・二の丸を合わせた程度と推定されている。
小田原を拠点に武蔵への進出を図る後北条氏は、天文6年(1537)に川越城を攻め落とした。
天文15年(1546)、扇谷上杉氏は、それまで対立していた山内上杉氏・古河公方と手を結び川越城奪回を図るが奇襲にあい大敗する(川越夜戦)。
その後、後北条氏は川越城を足がかりとして北武蔵への支配を固めていった。
天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家らに攻められて落城した。
同年8月徳川家康江戸に入城する。
川越城には江戸の北を守る重要拠点として酒井氏が配置され、その後も幕府の要職にある大名が藩主に任じられた。
寛永16年(1639)、川越藩主となった松平信綱は川越城の本格的な拡張・整備を行う。
川越城は、本丸、二の丸、三の丸等の各曲輪くるわ、4つの櫓、13の門からなり、総面積が9万8千坪(約326,000㎡)余りの規模をもつ城郭となった。
川越城本丸御殿は、寛永元年(1848)に時の藩主松平斉典が造営したもので、当初16棟、1,025坪(約3,388㎡)の規模を誇っていた。
現在は玄関・広間部分と移築復元された家老詰所を残すのみであるが、日本国内でも御殿建築が現存する例は極めて少なく貴重である。

歴代川越藩主
藩主 前封地 在城年代 移封地 幕府役職等
酒井重忠しげただ 三河西尾 天正18~慶長6.3.3 上野厩橋  
酒井忠利ただとし 駿河田中 慶長14.9.23~寛永4.11.14没   留守居
酒井忠勝ただかつ 武蔵深谷 寛永4.11~寛永11.閏7.6 若狭小浜 老中(のち大老)
堀田正盛まさもり   寛永12.3.1~寛永15.3.8 信濃松本 老中
松平信綱のぶつな 武蔵忍 寛永16.1.5~寛文2.3.16没   老中
松平輝綱てるつな   寛文2.4.18~寛文11.12.12没    
松平信輝のぶてる   寛文12.2.9~元禄7.1.7 下総古河  
柳沢吉保よしやす   元禄7.1.7~宝永1.12.21 甲斐甲府 大老格
秋元喬知たかとも 甲斐谷村 宝永1.12.25~正徳4.8.14没   老中
秋元喬房たかふさ   正徳4.9.29~元文3.9.5没   奏者番
秋元喬求たかもと   元文3.10.28~寛保2.4.3致仕   老中
秋元凉朝すけとも   寛保2.4.3~明和4.閏9.15 出羽山形 老中
松平朝矩とものり 上野厩橋 明和4.閏9.15~明和5.6.10没     
松平直恒なおつね   明和5.7.29~文化7.1.18没    
松平直温なおのぶ   文化7.3.14~文化13.7.23没    
松平斉典なりつね   文化13.8.27~嘉永3.1.23没    
松平典則つねのり   嘉永3.3.7~嘉永7.8.13致仕    
松平直侯なおよし   嘉永7.8.13~文久1.8.15没    
松平直克なおかつ   文久1.12.6~慶応2.10 上野前橋 政事総裁職
松平康英やすひで 陸奥棚倉 慶応2.10.27~明治2.4.10致仕   老中
松井康載やすとし   明治2.4.10~明治4.7.14 廃藩 川越藩知事

家老詰所

家老詰所は、明治6年(1873)上福岡市の福田屋の分家に移築され昭和62年まで母屋として使用されていたものである。
これをもらい受け修理復元した。
光西寺に残された平面図を見ると、この建物は本丸御殿の奥に土塀で囲まれた家老という重職の居所であり、全国的にも貴重なものである。

(「川越城本丸御殿」のリーフレットより)


大広間



大広間

(川越城本丸御殿内)





(平成17年12月11日)

大広間(36畳)

この大広間は、城内の会議を行うときに使用された部屋です。
普段は、留守居役るすいやくのようなものが詰めていたようです。

(説明板より)

川越城本丸御殿模型



川越城本丸御殿模型(1/60)
(川越城本丸御殿内)





(平成17年12月11日)
川越城富士見櫓模型



川越城富士見櫓模型
(川越城本丸御殿内)





(平成17年12月11日)
家老詰所



家老詰所
(川越城本丸御殿)





(平成17年12月11日)

家老詰所

市内光西寺所有の「川越城本丸御殿平面図」によると、この建物は、現在地より約90メートル西側に建てられていたことがわかる。
建坪は54坪・木造平屋で寄棟よせむね造り、桟瓦葺さんかわらぶきの屋根で外観は質素である。
室内は、正面に床の間・床脇を備えた10畳を奥とし、8畳・8畳の3室を中心に構成されている。
1間おきに5寸角の柱、高い天井とそれを支える竿縁さおぶちの力強さは、武士の館にふさわしい。
川越城主松平大和守斉典なりつねの時代の建物である。

(説明板より)

家老用部屋



家老用部屋
(川越城本丸御殿・家老詰所)





(平成17年12月11日)

家老用部屋

光西寺に残されている絵図には「御老中」と書かれている。
10畳敷で、床の間と床脇を備えている。
川越藩は、江戸幕府にとって有力な大名であった為に、藩主は、年間を通じて江戸に詰めており、川越藩の政務は、家老を中心として行われていたと考えられ、この部屋が、その中心であった。
床の間を背にした武士を中心として協議が進められている。

(説明板より)


※「川越城本丸御殿」の内部を写真撮影したい方は、受付で許可を受けて下さい。
首から「許可証」をぶら下げて写真撮影をします。


川越城本丸門跡



川越城本丸門跡
(川越城本丸御殿真向かい)





(平成17年12月11日)

川越市役所



川越城大手門跡
(川越市役所)





(平成17年12月11日)
川越城図


川越城図
(川越市役所)

本図は松平大和守、松平周防守の慶応3年における引継ぎ当時の原図に基づいて作成したものである(碑文より)



(平成17年12月11日)

【「智恵伊豆」こと松平伊豆守信綱】

信綱は、徳川家の代官・大河内おおこうち氏というあまり高くない家柄の出身だったが、幼い頃から家光の小姓として出仕した。
そして家光が三代将軍となり、幕政に強力な指導力を発揮し始めるとともに、その側近として累進を重ね、幕閣のトップにのし上がった人物である。
頭脳明敏をもって知られたが、こんなエピソードが伝わっている。
家光が亡くなった時のこと、重臣の堀田正盛・阿部重次しげつぐらは殉死したが、信綱は一向にその気振りを示さないので、非難の声が上がった。
信綱は平然と「先君の恩に報いるには、幼君(4代家綱)の守護を優先すべきである」と語り、事実、立派に幼君の補佐を果たして、幕府の難局を乗り切った。

北条氏時代の川越城に徹底した大改修を加え、老中職の居城にふさわしい近世城郭として生まれ変わらせたのも、この信綱である。
信綱時代に川越城は、縄張が格段と複雑になり、城地も4万6千坪と大きく膨れ上がった。
江戸時代になってからの城地拡大は、幕府の許可が必要だったため、例が少ないが、信綱が許されたのは、彼自身の権勢と家光の寵愛があったからであろう。
信綱はまた、藩内の発展のために、野火止のびどめ用水を拓いて開拓事業を行なったり、新河岸川に河岸場を設けて、舟運の保護育成を図っている。

現在の川越城址は、天守をはじめ遺構はほとんど失われ、わずかに本丸御殿が残っているにすぎない。
この本丸御殿も往時は、建物が16棟もあり総建坪1025坪の広さを誇ったが、明治維新後、次第に解体され、現在は大広間と玄関の部分を留めるにすぎない。
しかも、残念なことに、本丸御殿は信綱の改修期の建物ではない。
川越藩が17万石と最高の禄高を領した18代藩主・松平大和守斉典なりつね治下の嘉永元年(1848年)に建てられたものである。

(参考:百瀬明治 著 『日本名城秘話』 徳間文庫 1995年1月初刷)

(令和2年7月7日 追記)


川越歴史博物館


川越歴史博物館

(川越市久保町・喜多院北参道入口)

川越藩主所用の品・奥方愛用の品々・川越藩に仕えた者達の資料や郷土刀などが展示されています。



(平成17年12月11日)

松平大和守家廟所




松平大和守家廟所

(川越市・喜多院内)




(平成17年12月11日)

市指定史跡
松平大和守家廟所

松平大和守家は徳川家康の次男結城秀康の五男直基を藩祖とする御家門、越前家の家柄である。
川越城主としての在城は明和4年(1767)から慶応2年(1866)まで、7代100年にわたり、17万石を領したが、このうち川越で亡くなった5人の殿様の廟所である。
北側に4基あるのは右から朝矩とものり(霊鷺院)、直恒なおつね(俊徳院)、直温なおのぶ(馨徳院)、斉典なりつね(興国院)の順で、南側に1基あるのが直侯なおよし(建中院)となっている。
いずれも巨大な五輪塔で、それぞれの頌徳碑しょうとくひが建ち、定紋入りの石扉をもった石門と石垣がめぐらされている。

平成5年3月
川越市教育委員会

(説明板より)


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